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>>478

杏子「……ぁ……」
小刻みに膝が震えているのが分かる。立っていられるのが不思議なくらいだ。溶かされた蜂蜜のような笑顔を見て、それを溶かす紅茶のような熱さがこみ上げてくる。
何か、何かを忘れている。何かが欠けている気がする。バラバラだったピースが徐々に元の形へ戻っていくのが分かる。まだ足りない箇所はあるが、それでも、それが忘れていた何かであることはすぐに理解できた。弾かれるように、転げ落ちるように階段を駆け下りていく。

「っ……手…………手、繋がないと……はぐれちゃう、かもしれな、いでしょ……」
飛び下りるように彼の胸元に飛び込んで言えば、今度は全身が震えていることに気づく。まだ思い出せない。まだ完全ではない。この言葉は自分の意思というより、紡がれた糸を手繰るようにして見つけたものだった。
けれど、彼が自分にとって大切な存在であったことだけは不鮮明でも分かる。何かを思い出しそうな気がする。


来璃「うん」
来璃の表情はやはり変わらなかった。こくりと頷きを返しながらも、驚かしたいという気持ちが弱まることはなかった。だが気づかれてしまってはもう驚いてはくれないだろう。

「……(怒ってるみたい……)」
そして何より、先程よりも不機嫌そうな彼を見れば徐々に気が引けていった。数秒後には背を向けて、先程通された縁側へと戻っていく。
縁側に腰を下ろしながらぼんやりと辺りを眺めていると、ふと”春なのに”などという意味不明なことを考えた。それが何に対してなのかは分からないが。