ジーク様の穏やかな声が、花の香りに溶け込むように温室に満ちていった。
そのひとつひとつが飾り気のない言葉で、
まるで胸の奥をそっと開いて、私にだけ見せてくれる、本物の想いのようで。
ふと視線を逸らした先
あの異質な黒い扉を見ている事に気づいたのだろうか。
ジーク様は、さりげなくそこから私の注意を離すように、優しく花々へと視線を誘った。
「気に入ったものがあれば、お土産に」
そう笑ってくださったけれど、そっと首を横に振る。
「いいえ、こうして大切にされて、
沢山の花々の中で咲いているからこそ美しいのですわ」
摘み取ってしまっては、
彼がこの場所で守ってきた“想い”も一緒にちぎれてしまう気がして。
そして自然と、言葉が続いた。
「それに……」
だけれど思ったよりも声が小さくて、
花弁に触れた風にさらわれるみたいに、そっと途切れてしまった。
ジーク様が差し出した手に、
私は自分の手をそっと重ねる。
導かれた先
そこには、まだ花をつけぬ瑞々しいリンデンの若葉が揺れていた。
私と同じ名を持つ葉。
それは私自身のようで
ジーク様の指先がそれに触れる仕草は、
宝石よりも丁寧で、息を呑むほどに優しかった。
そしてその流れのまま、
私の髪を飾るリンデンの葉へ触れたとき
その微笑は、
無垢ではしゃぐ色と、
ひとりの男性として誰かを想う深い熱が溶け合っていて。
ああ、と思った。
こんな顔を、
こんな温度を、
私に向けてくださるのだと。
静かに息を吸い、
そっとジーク様を見上げる。
今なら
ほんの少しだけ素直になれる気がして。
「先ほど……言いそびれてしまったこと」
胸の奥にしまいこんだままだった想いが、柔らかくにじむ。
「わたくしは…
花がなくとも、いつだってジーク様を想っておりますわ」
だから、と続ける声は、
静かに、優しいもので。
「花が咲く頃、また見せてくださいますか?
ジーク様と…二人で」
まるで告白のような願いが、
どうかそのまま彼の心に届きますように。