一輪だけ挿してあった鈴蘭の花を、皇子がそっと手に取る。
その瞬間、初めて――悪戯っぽく歯を見せて笑った。
どこか凛とした面差ししか知らなかった私は、不意に胸が温かくなり、思わず笑みを返してしまう。
「とても素敵な秘密ですわね」
そう口にしたとき、心の奥にふわりと嬉しさが灯った。
差し出された一輪の鈴蘭を、両手で受け取る。
握られた手はそのまま離されず、皇子はゆるやかに歩みを進めた。
きっと、私の足を気遣ってのことなのだろう。
男性の歩みとは思えぬほど穏やかな速度と、交わされるたわいのない世間話――
それらが、胸の奥を静かに解いていくようだった。
どれほどゆっくりと歩いたのだろうか。
それでも、城門までの道のりはあっという間に過ぎてしまった。
皇子が御者に二、三言葉をかける。
その後に、繋がれていた手が離された。
ふと、思い出したように懐へと手をやる。
取り出したのは、リンデンの葉と花で作ったハーブティーの包み。
隅に控えめに自宅の番号を書き
「どうぞ……ほんのささやかな物ですし、お口に合うかは分かりませんが」
眠れぬほどに公務に追われる皇子へ。
きっとこんな物よりももっと良い物を普段から口にしてはいるのだろうが
せめて安らかな夜が訪れるようにと願いを込めて、両手でその包みを差し出した。
馬車へと乗り込もうとしたそのとき
温かな手の感触が、もう一度私の手を包む。
「……ジーク様?」
振り向けば、驚いたような表情で皇子が立っていた。
引き止めてしまうところだった――
その言葉が本音なのか、それとも別の想いを隠しているのか、私には分からなかった。
やがて手が離れ、わずかな空気の震えが残る。
「ジーク様も……どうか安らかな夜を迎えられますよう。
おやすみなさいませ」
そう告げて、私は静かに馬車へと乗り込んだ。
車輪の振動が足元から伝わり、世界が少しずつ遠のいていく。
膝の上に置いた鈴蘭の花を、そっと見つめる。
白く細やかな花弁が、夕陽のオレンジに透けていた。
「――再び幸せが訪れる。
本当に素敵な秘密ですわ」
小さく呟いた声が、馬車の中に優しく溶けて消えた。
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ありがとうございます!!こちらも〆ることができました!
ジーク様の優しさと稀に滲み出る魔女様への恨みに心が掴まっております…
電話交流お願いします!リンデンからはなかなかかけられそうになくて…もしよければかけてあげて頂けると嬉しいです…。
他の皇子様とも!とても贅沢させてもらってます…嬉しいです。