雲へ隠れるなどと囁いただけで、あれほどまでに翳りを帯びた眼差しを見せるなんて。
その一瞬の表情に胸がちくりと痛み、思わずそっと目を細めてしまう。
そんなにも彼の心を曇らせるものだったのだろうかと、
ひそかな自責が頬の裏をかすめた。
指先が触れ合ったその刹那、
まるで迷いなど最初から存在しなかったかのように、自然と絡め取られていく指。
そのわずかな密着にさえ、息を呑むほどの温度があった。
強く握られるわけではない。けれど、それでも確かなぬくもり。
導かれるまま歩き出した足取りは、庭園ではなく、
すんなりと王宮の廊へ折れた瞬間、一瞬だけ驚きが胸に跳ねる。
しかし、横顔には迷いがなく
それだけで、ついて行っても良いという不思議な安心が生まれる。
たどり着いた白い扉が開かれた瞬間、
灯りに照らされて浮かび上がったのは、色鮮やかな布の群れ。
圧倒されるほど美しく整えられたドレスたちが、
まるで呼吸しているかのように揺らめいていた。
「……まぁ……」
自分の吐息がこんなにも甘く漏れるものだとは、今知った。
「姫」と呼ばれ、扉を支えられる仕草も、
部屋へそっと迎え入れられるのも、
どうしようもなく胸をくすぐる。
彼が最初に選んだネイビーのドレス。
指先で触れたくなるほどのサテン生地の艶やかさに、息を呑む。
露出は控えめとはいえ、双肩が現れるデザインに、自然と肩へ手を添えてしまった。
遠慮がちな視線を向けた瞬間、
安心させるような笑みと共に、薄手ながらも守られている気がする白いショールが掲げられる。
その優しさに、また胸の奥が緩んでしまう。
彼の目がふと別のドレスへ移ったのを、私は見逃さなかった。
ワインレッド。
夜会にも映える深い色ながら、控えめな光沢で妙に落ち着きがある。
けれど、くるりと翻された背中の大胆なカットが、
上品なはずの印象をどこまでも蠱惑的に変えてしまう。
「……あら」
口元へ小さく手を添えたのは、驚きか、照れか。
自分でも判断がつかない。
「初めて……いえ、あまりに大胆すぎて、
わたくしが着こなせる自信は……ありませんわ」
そう言いながらも、
そのドレスを選んだ時の彼の表情
ほんの一瞬、好みを隠しきれなかった目元
その柔らかさが記憶に残り、目を逸らさざるを得なかった。
そして、先ほど見せた悲しげな顔がふと蘇り、
胸の奥がきゅ、と締めつけられる。
「……でも。ロメロ様が“好きだ”と仰るのなら、
少しだけ……試してみたい気持ちも、なくはありませんの」
これが償いになるかはわからない。
言ってしまったあとで胸がどくりと震え、
我ながら信じられない速さで心臓が脈打つ。
けれど
きらめく布たちが整然と並ぶこの部屋を、改めてゆっくり見渡した時、
胸の奥に、ふと形を持たぬざわめきが生まれた。
どれも、確かに“誰か”を想定して揃えられた衣装たち。