大人オリジナル小説
- 動物だって,人間と同じ動物なんだよと彼女は叫んだ。 ( No.103 )
- 日時: 2010/06/02 18:04
- 名前: 黒紅葉 ◆uB8b1./DVc
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軽い。
何故こんなにも,この命は軽いんだろう。重さなんてないんじゃないかというほどに,軽い。ガスの入った風船の方がまだ重いかもしれない。
捨てられていた子猫。みゃーみゃーと,助けを呼ぶように叫んでいた。雨も凌げない場所に捨てられていた。兄弟は血と肉の塊になってしまっていた。
この子一匹,生き残った。必死で鳴いていた。本当に小さな,手のひらよりも小さいくらい。猫というより,虫。
だけども子猫は必死に鳴いている。助けて,助けてと精一杯の助けを求めている。
私はその子を抱いて結構遠い動物病院へ走った。ひたすらに,髪を振り乱して走った。雨が降っていたから傘を持っていたのに,どこかで投げ捨ててしまった。
病院に駆けこんだ。幸いすいていて,受付のお姉さんに事情を話したら先生が手当てをしてくれた。生まれて間もない子猫だと言われた。
息も上がっていて,心臓は今すぐにでも止まってしまうんじゃないかというくらい,速く脈を打つ。
あったのは,悲しみと怒り。何故生まれたばかりの子猫を捨てるんだろう。捨ててしまうくらいなら,産ませるな,と。
消えてしまう命が増えるのは悲しすぎる。
先生に,「もう生きるのはきついだろうねえ」と言われた。絶望しかなかった。
こんなに必死で鳴いているのに。こんなに必死で生きようとしてるのに。
私は考えるよりも先に行動を起こすタイプだから,思わず口から言葉がこぼれていた。「私が面倒を見ます」と。
先生は驚いた顔をして,すぐに穏やかな顔をした。「優しい子だね」と。
「…あ,でも,お金……」
「大丈夫,この子,まだ君の子猫じゃないでしょ? だからお金は良いよ,助けてくれてありがとう」
寧ろこちらがありがとう,と言いたい。でも何故か言えなかった。代わりに微笑んだ。
「はい,これタオルと一週間分のカイロ。あったかくしてあげてね。子猫用のミルク。あとスポイト。無理にでも口に入れて。じゃないと体力は減っていくばかりだから。」
色々貰ってしまった。やっぱりお金,と思ったけどそれを察したように良いよ良いよと先生は笑った。優しい顔だった。
ありがとうございました,と子猫とその他諸々を入れたバッグを抱いて,病院を出た。雨が降っていた。思わずあ,と間抜けな声を出す。
先生がそれをきいて,傘ないの,と訊いてきた。素直にはい,と言うと傘を貸してくれた。これはあくまでも貸し借りだよと先生はやっぱり優しい顔で笑った。この人は良い人だと思った。
ビニール傘をさして,子猫をタオルにくるんで,カイロを入れて私は歩く。随分遠いところまで来てしまった。家まで三キロはあるな,と思う。
まぁ良い,急いで帰ろう。子猫グッズをやっぱり貰ったバッグを濡らさないようにしながら,子猫を優しく抱いて早足で歩いた。
確かにこの子は,呼吸をしている。
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小さな命はあっけなく消えてしまうから。
「きみが見つける物語」の橋本紡先生作・「地獄の詰まった箱」を参考にしました。