大人オリジナル小説

「ねえ,どうしたらいいと思う?」 ( No.195 )
日時: 2010/10/22 18:12
名前: 黒紅葉 ◆uB8b1./DVc

 彼女は涙した。
 いつ自分が反抗的になり,家族に愛情を持たなくなるかという恐怖と,自分の為になる我儘を聞いてもらって出かけようか,と言ってくれた病気の父と遊べるから漫画返そう,と話した友人への申し訳なさで。
 彼女の父は仕事先で一度倒れ,二度入院した。彼女は友人とそれぞれが持っている漫画を貸し合いしていた。そしてその友人とは,最近少しもつれていて,話し辛くなってしまっていて。
 そんな時に,「出来るだけ早く返そう」と思っていて,集まる約束をした日が丁度,その出かける日で。
 どちらも外し難い大切な約束。どちらも,自分が計画した・言い出した約束。
 家族を取るか,友人を取るか。
 彼女は目の前にある二枚の札を手に取るのを躊躇っていた。片方を取ると言う事は,片方を捨てる,という事だからだ。
 彼女はどちらが大切か,なんて質問には答えられない人間だった。優先順位なんて決められない,出来るならば,二つの身体を持った人間になりたい――と,そう願う人間だった。
 しかし身体はいつだって一つ。彼女の意思はいくつもに分かれているのに,彼女の身体はたった一つの個体だった。
 彼女は選べない自分に,「忘れていた」という事実に腹を立て,どちらかを…どちらかの,大切な約束を,いつ終わってしまうかもわからない関係を泥に静めなければいけない,という事に涙した。
 どちらも,これが最後かもしれない。
 もう二度と,喋れないかもしれないし,ずっと遊べないかもしれない。
 彼女は必死で思考した。彼女は「どうせ…」という考えが嫌いで,「また…」というのも嫌う為,それらの考えを全て切り捨て,どちらを取るか,思考した。
 崩れ去る人間関係を目の前にして,自責の念に潰されるか。
 絶対に,「もう一緒には出かけられない」という事実を受け入れ,心を砕くか。
 いずれにせよ,彼女の心を傷つける事に変わりはないが,どちらを取れば,どちらも幸せになるか,と。
 彼女は自分の事は最後にしていた。いつだって他人を優先して,自分の事は優先順位に入れなかった。それで,怒られることもあるが,勿論そのまま。彼女は,「他人に優しく,自分に鋭く」が座右の銘な為,自分を犠牲にしてまで他人を,大切な人を幸せにしようとしていた。
 本当に自分の事はどうだっていい。
 自分が苦しんで,それに悲しむ人がいたとしても,どうしても……他人に幸せになってほしい。
 自分に抱く感情は,「お人好し」くらいで済ませてほしい。
 それら総てが事実で,彼女は人間の感情を見抜く事に長けている,というのも事実。
 彼女は苦しんだ。
 いっその事,時を巻き戻してほしい,とも思った。
 けれどそんなこと出来ない,と自嘲気味に笑い,目を真っ赤にさせ息を殺し泣いた。
 どちらを取れば良いか,という答えにたどり着くまで,彼女は冷たくなった手足を暖めもせず,渇いた喉に潤いを与えもせず,激しい感情の中で答えを求めて走り回るのだ。


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 ――語り手はいつしか気付く。
 その「彼女」が,「自分自身」だと。