大人オリジナル小説

16「どうしてよ? どうしてこんなに抱え込んでしまったの?」 ( No.252 )
日時: 2011/05/24 20:12
名前: 黒紅葉 ◆uB8b1./DVc

16 捕えられずに

 だらり。力の抜けた腕に走る,幾本もの赤い傷。線。いずれも深く,周りには赤く染まったティッシュが錯乱していた。重なって切られたそれは痛々しく,健気であった。そしてその腕の先,首に手をかけた両手。
 首に手をかけたまま,力が抜け,重みは全て首へ。
 落ち着いた雰囲気のその部屋は,良く見れば雑貨などは少なく,寂しいとも取れた。

 その部屋の真ん中で,希美は倒れていた。仰向けに,不自然に身体を捻って。


「のぞ…み?」


 大きな狂気を秘めていたその姿は,恐ろしくも儚く美しい。美早希は一瞬見惚れた。
 ――例えば,こんな姿で死んでしまえれば。
 
 美早希は気を失っているとも,眠っているとも違う希美を見て,そう思った。
 しかし美早希はずっと見惚れている程馬鹿ではなく,理性がない少女でもなかった。
 すぐに自分がすべきことを思い出す。


 希美を,起して。救って。手を引っ張って。


「希美! 駄目,こんなところでこんな……謝るから! 希美が責められるすじあいなんかない!」

 倒れたその身体の傍らにしゃがみ込む。手を首から外し,握った。冷たく,背筋が凍るように冷たかった。冷や汗が額から首へ流れる。やがてそれは溢れるように。


「希美?」


 身を乗り出し揺さぶったって,かたく閉じられた目を開けようとしたって,頬を叩いたって,希美は音を戻すことはなく。
 か細い息で,美早希は,それを感じて初めて,希美の痛みを知った。身を持って,張り裂けそうなそれを。


「希美…ッごめん,ごめん! お願い,消えてしまおうとしないでよ……っ!! まだ伝えてない,まだ伝えてもらってないよ!! こんなのって,ないよぉ……」


 ぎゅっと,更に力を込めたてのひら。冷たい希美の手に,美早希の手から熱が移って行く。尻すぼみな美早希の声。頬を伝わるのは,冷や汗だけではなくなっていた。
 嘘みたいな現実を受け入れたくない,叫びを,誰が聞いていようか。
 醜く,見ていられないほど健気な痛みを,苦しみを,誰が拭ってあげられようか。


「起きなさいよ……っ」

 悲しい声は。


*


 鈴蘭畑。どこかから,懐かしい,聞きたくて聞きたくない声が耳に届いた。
 直接脳に響くようで,鈴蘭に包まれるようにしていた希美は,遠い青空を握った。


 絶え間なく,自分の名を呼ぶ声。言葉の数こそ少ないものの,込められる感情は悲痛で,たくさんで。


 希美はもう少し,その声を聞いていたくなった。








「もうちょっとだけ,って言いながら」
「ずーとそこにいるつもりでしょう?」
「あなたを心配する人がいるというのに」
「なんて酷い人なのかしら」



16/終