大人オリジナル小説

ありのままを描いた物語は,お嫌いですか? ( No.285 )
日時: 2011/08/23 22:44
名前: 黒紅葉 ◆uB8b1./DVc

01 少女
※死の描写があります,お気をつけください


 さぁ,今日は君たちにとても良い話を聞かせてあげるよ。
 とある,憐れな少女の物語さ。
 彼女は今はもう亡き人だが,もしかしたら生まれ変わって,君たちのなかに交ざっているのかもしれないね。
 物語の始まりだ。

*

 あるところに,至って平凡かつ幸せな少女が居りました。
 少女は大人しく,育った環境からか大人びた発言をする少女で,知らず知らずのうちに多くの人を引き付けていました。
 少女は数えて七つから九つの間まではあまり友達と呼べる存在がいませんでしたが,心優しい幼馴染が三人もいたので,それを不幸に思う事はありませんでした。

 数えて十から十二の間は,ある二人の少女と親しくなり,それはそれはとても楽しく過ごしていました。
 そんな少女には,ある秘密がありました。
 それは,「自分を傷つける事が好き」ということです。
 物心ついた頃から,少女はいつのまにかついた傷も,転んだ時にできた傷も,中々治らないようにかさぶたを剥がしたり爪で引っ掻いたり! 少女は自分の傷が癒えることを好みませんでした。
 九つくらいからはそういうこともなくなりましたが,けれどやっぱり,「自分を傷つける事が好き」ということは変わりませんでした。
 肉体的,精神的な痛みを外から受ければ脆く崩れてしまいそうな少女でしたが,自分で自分を傷つけてる間だけは,気丈にふるまっていられました。

 十二の年まで少女はある程度の痛みを経験しました。それはとても仲の良い二人との喧嘩であったり,周りの少年との諍いであったり,災害での衝撃であったりしました。そんな少女は,「これからもっと大きな痛みを受けても,きっと大丈夫」と思っていました。

 しかし,十三になる年,少女は今までの傷や痛み,衝撃を体験しました。
 それは全身が引き裂かれてしまうような,その体が裂いた傷からちぎれてしまいそうな,傷からとめどなく血が溢れ流れるようなもので,少女は痛みに涙を流すばかり。
 それからというものの,少女は今まで自分の人生を楽しくさせていた考えを持つことを諦めてしまいました。
 受け入れられないなら,そんな自分を拒否しましょう。人を愛せないなら,そんな自分を愛さずに。大切に思えないなら,自分を大切にしなければきっと人を大切に出来る。

 痛みで歪んだ少女の心は,もう,どうすることもできませんでした。
 少女はなにか,大切なものが砂になって流れて行ってしまったような気がしましたが,そんな少女にはネット上といえどたくさん,声をかけてくれる人がいましたので,それが何かを深く探ろうとは思いませんでした。

 少女はそうして過ごしていましたが,その短い中でどれだけ傷ついたかは分かりません。多くの人がそうであるように,少女は傷ついた回数を数えない少女でしたから。
 けれどどうしても忘れられない傷というのはあるものです。少女の場合,傷というよりも衝撃でしたが。
 それは「今までの自分は痛みを知らずに生きていた」ということ。
 おかしな正義感と愛情をふりかざしていた少女は,その真実があまりにも胸に痛く,とうとう耐えきれなくなって手首を切ってその命を終わらせてしまいました。

 そんな哀れな物語。

*

「……つまらなかったかな? まあ,仕方ない。けれどきっといずれ,君たちもそういう痛みを知る時が来る。その時まで,この物語を覚えていてくれ。哀れな生きざまを晒したくないならね」

 幼い少年や少女,中には十三ほどの少女も混ざっている場所で物語を語る若い女性は,そう言って舞台の片づけを始めた。
 いつもはそれが「終わり」の合図となり,彼女の物語を聞いていた少年や少女も散り散りに去っていくのだが,今日はそうじゃなかった。
 ある幼い少年が,女性の服の裾をひっぱる。

「ん? なんだい?」
「ねえ,なんでおねえちゃんは僕たちに今日そんな話を聞かせてくれたの?」

 女性は驚いた。こんなに幼い――六つにもならないであろう子が,そんなことを言うのか。
 物語の中に出てきた少女の記憶がよみがえる。少女の瞳と,今目の前にいる子の瞳。重なり,彼女は微笑み,少年の背丈に合わせしゃがんだ。少年の手を握り,瞳を見つめる。

「それはね,今日の物語の少女は,後にも先にも私のたった一人の親友だからさ。君たちに,悲劇を繰り返さないでほしいって願いを込めて聞かせてあげたの」

 その声には,強い意志が宿って,少年はその言葉に少しだけ考え込むようにうつむき,すぐにぱっと顔を上げ,「ありがとうねおねえちゃん! ぼく,がんばってみるね!」と言って走り去っていった。その間一生懸命手を振ってくれていたから,女性も返すように手を振りながら「どういたしまして,がんばってねー」と言う。

 今はもう居ない親友を想って,空を見上げる。
 親友が好きだった物語を書くことは,自分は少々苦手だけど,大分慣れた。
 仕事が休みの日にこういうことをするのは結構好きだ。

「さて,明日もがんばるよー」

 誰かに語りかけるように,宣言するように女性は叫んで,荷物を持って帰路についた。
 あったかもしれない,二人で生きる世界に思いを馳せて。


01 / 終