大人オリジナル小説

愛してた。 ( No.287 )
日時: 2011/08/23 19:35
名前: 黒紅葉 ◆uB8b1./DVc

02 愛情
※少々の同性愛表現を含みます。お気をつけください


 少女は,死んでいるわけではない。

 ただ,「あるかもしれない自分が居ない未来」を妄想するのが好きなだけだ。
 それはとても悲しいけれど,とても切ないけれど,その中で生きていた自分に向けられた蔑みの目が歓喜に満ちていたり,自分を慕ってくれていた少女達が泣く姿を想うのは,何故だかどんな遊びよりも楽しいことのように思えた。
 我ながら失礼な話だ。しかしこればかりはやめられそうにない。
 少女はくす,静かな笑みをこぼし,また妄想を始めた。


 親友は,自分が愛している親友は,泣いてくれるだろうか。自分は,彼女が死んだら号泣して一週間以上はひきこもりげっそり痩せて目元だけ真っ赤に腫らしてしまうんだろう。彼女はどうだろう。出来れば,ほろほろと泣いて,それから背筋を伸ばして生きて欲しい。
 彼女には,笑顔が良く似合う。
 あの子はどうだろう,小学校の時,自分たちで作った軽音楽クラブでベースを担当したあの子。光にあたると色素の薄い茶髪に見える髪と綺麗な茶色の目を揺らすのだろうか。「私の前に現れないでね」と言ったら笑ってしまうかな。彼女は,人よりも霊感が強いから。
 ドラムを担当したあの子はどうだろう。五年生の時に,たくさん一緒に遊んだ。六年生の時に,クラスはちがうのに昼休みは一緒に騒いだ。あの子は,……やっぱり,少しだけ泣いて,また,前を向いて歩いてほしい。あの子には,けたけたとやさしくて少し子供っぽい笑い声が似合う。

 どうやら自分は,泣いてほしいわけではないらしい。
 少女は「あたしってばやっさしーい」と,吐いた言葉の意味に似合わない自嘲の笑みを浮かべた。

*

 あたしは,別に死ぬのを望んでいるわけじゃない。まして,あたしが死んだときに泣いてほしい,なんて思うわけがない。
 だって,あたしが愛した人たちは,とてもとてもやさしく,楽しそうに笑うから。心の底から,幸せそうな顔で,笑うから。
 あたしがそれを奪うなら,それはそれでやっぱりおもしろそうだけれど,悲しそうに泣く姿は見てられないし,あたしが愛した笑顔でいてほしいから。

 そういえば,あたしは最近失恋した。といっても,二ヶ月ほど前だから,そこまで最近でもないんだろうが。
 ずっと,ずっと想っていた。
 その想っていた人は同性だったけど。
 あたしは女。好きになった人も女。だけど,出来ればガールズラブだとか百合だとか,そんな言葉で表してほしくはない。なんだか,もっと崇高なもののように感じてしまうのだ。
 彼女はとても面白くにぎやかで明るくて,彼女もやはり,綺麗に幸せそうに笑う人だった。
 色々な人に,恋愛感情抜きで好かれていた。
 一緒にダイエットしたり,遊んだり,散歩したり。時折,恋人のじゃれあいのようなものもした。
 彼女は仲の良い友達……女の子にセクハラ紛いのことをしていた……つまり手を出していたらしい。 

「あたしに手を出してくれれば良いのに」

 何度思ったことか,分からない。けど,そんなことばかり思う自分は酷く浅ましいように感じた。
 あたしは彼女が好きだった。彼女はあたしを好いていた。
 あたしは彼女が恋愛対象として好きだった。彼女はあたしを「頼りになる子」と慕ってくれていた。

 同じ「好き」でも,意味が違うとこんなに苦しいものなんだ。
 そう,思った。
 恋愛小説の中で,「あんたのことは,友達としか見れない」だとか,「好きだけど,愛しいけど,恋愛感情にはなり得ない」という台詞を良く見かける。
 そんな言葉を吐かれた彼等は,どれほど辛かったのだろうか。

 失恋したというのは,別に彼女に恋人が出来たとか,彼女に告白して振られたとかではない。けど,告白して振られた,というのには近いかもしれない。
 不意に,正面から抱き締めたくなって,彼女の腰に手を回して抱き締めた。あたしは背が小さくて,彼女の方が十センチほど高いから,どうしても抱き付くような形になってしまうのだけれど。

「なんだいわたしに惚れたかい」

 うん。そう言うように,くすくす笑った。彼女の体は心地よい体温で,そんなところも好きだった。

「だめよーわたしに惚れちゃー。もっと良い人いるんだからねー」

 あなたより良い人なんているかしら。そう思ったけれど,彼女の口からそんな言葉が出てきた以上,諦めなくちゃいけないのは当然で。
 ゆっくり離れて,「ありがとう,好きだった」の意味を込めて笑んだ。

 もちろんその夜は泣いた。その次の夜も泣いた。一週間くらいは,毎晩泣いてた。「本気で好きだったんだ」
 親友に向ける愛情は友愛で,他の愛に変わるとは思えなかったし,今まで好きになった人に比べても,彼女は一番素敵な人だったから。
 でも,迷っていたんだと思う。同性を,ずっと一途に愛する自分を少しだけ恐れてた。これ以上想っていたら,思ってもないところで愛の言葉を口にしてしまいそうで,怖かった。
 そんな風に,迷って怖がってたから,泣いて,諦めがついたんだ。

 今,あたしはフリー。こういうとあっという間に軽くなるなあ,瞼の裏に浮かぶ彼女の笑顔を想って,ひとりで笑った。

 
 あたしはよく,ひとりで笑う。


02 / 終