大人オリジナル小説
- Re: リストカット中毒 ( No.292 )
- 日時: 2011/08/26 23:42
- 名前: 黒紅葉 ◆uB8b1./DVc
03 人々
あたしは,笑顔が好きです。
あたしは,笑顔が綺麗な人が好きです。
あたしは,笑顔を作ってくれる人が好きです。
あたしは,無邪気に笑う親友もちょっぴり悪どく笑うあの子もふわりと笑うあの子も至極楽しそうに笑う彼女も見守るように笑うあの子も全力で楽しいよと笑うあの子も踊るように笑うあの子も少しだけ困ったようにけたけたと笑うあの子も,大好きです。
あたしは,人の笑顔を奪わない彼女等が,大好きなんです。
*
夏休みも後少しらしい。
そうか,あたしがけらけらと笑い,痛いこと全て忘れようとしていた内にもう,終わってしまうのか。
あたしはやさしい人達が言うように,上手に痛みを受け止めることなんてできない。から,落ちた涙と一緒に痛みを拾い上げ,咀嚼することなく一口で呑みこんでしまうのだ。
痛みは酷い味がするから。口いっぱいに広がる味は,心を傷つける。涙腺を刺激する。あたしはそれが嫌で,丸呑みする。そうすれば,味を判断するまでもなく,あたしはごろごろの塊のような痛みを腹に抱えるのだ。
あたしは,上手に痛みを咀嚼して,上手に溶かした状態で体へと送り,上手に体や心の一部にするということができない。できないことばかりのあたしは,だから傷を受けた時に見てられないほどずたずたになるのだ!
上手に痛みを咀嚼して,上手に溶かした状態で体へと送り,上手に体や心の一部にするということができる人たちは,きっと痛みの味も,それを味わったあとに口へ放り込んだ幸せの味も,良くわかっているんだろう。とてもやさしい人たちなんだろう。
「そういうやさしい人たちの中の一人」になりたい,とも思うけれど,あたしはまだ幼いから,きっとまだ無理だ。
本当の「大人」になってからじゃないと,そうなれない気がする。年を食っただけでは,大人とはいえないらしいから。
あたしは,笑顔が好きです。
あたしは,笑顔が大好きです。
色々なことを知ってても,色々な痛みを体に取り込んでも,その人それぞれの笑みを浮かべる事のできる人たちが,とてもとても大好きで,愛しいです。
あたしは,怖がりな癖に意地っ張りで,けれど弱虫で,不器用だから,上手な言葉を紡げないのです。
たとえ色々な人に「あなたの言葉はね」から始まる言葉で褒められたって,あたしは素直に喜べない,とても可愛げのない少女なのです。
あたしは,人を愛しむことができる人の笑顔が,大好きです。
あたしの親友は,それが出来る子だ。親友は,「変わりたい」と強く願って,自ら動き出し,色々な痛みを受けてもなお,やさしく笑ってた。
それが無理した笑顔だって,とっくに気づいてる。親友は,無理してる。ほろほろと零れる言葉が,それを物語っていた。泣くと赤くなる鼻の頭や,ひきつった口元が,それを物語っていた。
「もう,いや」
驚いたと共に,とても悲しくなった。親友は,人を不安にさせてしまうようなことは言わない子。誰かの前で,その人を不安にさせたり,その人の怒りを買うようなことは言わない子。言えない子。けれど,それをあたしの前で言う,……それが語っていることは,そう,あたしにしかそれをこぼせる人がいなかったのだ!
残念ながらあたしは,大切な親友を傷つけるかもしれない言葉しか紡げずに,結局親友の傷にそっと絆創膏を貼ることもできやしなかった。
それもできないのに,なにが親友だ! なにがあたしはあの子がとても大切だ,だ! なにが「あたしにしかそれをこぼせる人がいなかった」だ! あたしは親友の欲しい言葉をあげることもできないのだ。それくらい弱いのだ。あたしは,あまりにも臆病だ!
そんな痛みすら受け止めることができずに,またきっと親友を傷つけてしまうあたしは,とても馬鹿で愚かだ。
あたしは,逃げてるばかりなだけだ。
言葉のひとつひとつを受け止めて,笑える人たちが大好きです。言葉のひとつひとつを丁寧に紡いで,その言葉で大切な人たちを喜ばせることができるあの子たちが,大好きです。
大好きです。大好きなんです。大好きなんです。
あたしが好きだった,否,今もまだ大好きな彼女も,とてもとても大切な親友も,友人も,あの子も大好きなんです。
あたしができないことを,あの子たちはできる。だから,たぶん,痛みも辛さも上手に丁寧に咀嚼して,それだけじゃなく反芻して飲み干して,自分の血肉にするんだろう。
うらやましい。
けれど,あたしがそんな,痛みを血肉にできるようになるまではきっと,いや絶対に何十年もかかるだろうから,あたしは,へたくそに言葉を紡いで。
イイタイコトの核心がなんなのか,あたしはなにを伝えたいのか,自分ですらわからないうちは,あたしはあたしが愛した誰よりも幼いコドモだから,まだ。
まだ,ぐちゃぐちゃでも,だいじょうぶよね。
あたしは不確かな感情を言葉にして,馬鹿みたいに並べる事で安心していた。
それを見た過去のあたしは,「あんたは本当に弱虫ね!」とあたしをあざ笑い,消えた。
03 / 終