大人オリジナル小説

それは少女にとって、あまりにも酷すぎた! ( No.296 )
日時: 2011/09/11 18:08
名前: 黒紅葉 ◆uB8b1./DVc

04 心情


 あたしは足が遅い。
 とても遅いから,体育祭の団体競技……バトンリレーで,みんなに迷惑をかけてしまった。せっかく半周以上差をつけていたのに,追いつかれてしまった。
 それは予行練習だけれど,彼女等はとっても必死だから,あたしは彼女等に視線で責められる。
 どんなに頑張って走っても,どんなに全力を尽くしても,彼らの目には遅く映る。彼らの目にはやる気がないように映る。これほどまで虚しいことはない。頑張りをみとめてもらえないのは,ただでさえ危うい自信を粉々に砕くのだ。


 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
「副委員長って足遅いよね」
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
「もっと速く走ってくれない?」
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
「ふざけないで,もっと真剣に走って」
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
「なんで学校来てんの?」
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんな,さ


 遅いのなんて,自分がいちばん良く知ってる。だから,わざわざ言わないでよ。君が,事実をそのままにしか言えない能無しとしか考えられなくなってしまうから。あたしは君の良いところを知りたいのに,君を嫌なイメージで縛りつけてしまおうとしてしまうから。あたしが,自分自身に失望してしまうから。
 もっと速く,なんて言わないで。あたしだって常に全力なんだ。あまりにも遅すぎるけれど,あたしなりに頑張ってるんだ。あなたからしたら,あたしは亀のように遅いだろうけれど,あたしなりに頑張ってるんだ。だからね,お願い,そんな心をえぐるようなことを言わないで。あたしだって馬鹿じゃないんだから。もっと速く走ろうとしてるんだから。
 ふざけてなんかない。全力なんだよ。運動能力に恵まれてなかった。他の能力で補おうとしたって,体育祭ではなんの役にも立ちはしなかったけれど。他の能力だって低すぎたけれど。貴女が頑張った分を台無しにしてしまったことは,謝るけれど。でも,ふざけてるなんて言わないでよ。確かに自分の運動能力には「ふざけてる!」と嘲笑いたくなるものがあるけれど。

 なんで,って,そんなの。
 居場所を求めてるからに,決まってる。

 母は,「学校なんて無理して行く場所ではない」と言ってくれる。
 けどねお母さん。あたし,体力も持久力も文章力も画力も思考力も語彙力も国語力も記憶力もぜんぶぜんぶしょぼいんだよ。まるで灰みたいで,あたしただでさえ可愛くない上に優しくなくて,あなたの娘だっていうのに良いところがないから,友達がすごく少ないんだ。あたし,その少ない友達を失いたくないんだ。そう,失いたくない,って宣言できるくらい大切なの。辛くっても,その大切な友達に会えればもう少し,生きれる気がするの。学校へ行けば,死にそうになるけれど,友達に会える。生きるために,死にに行くから。
 言葉をつぶれた喉から絞り出し,泣いて,こぼして,

 こぼれた感情を手で拾い上げて,飲み干すと,胃は喚き泣くように騒ぐ。「痛い! 痛い! 痛いよ!」
 学校の,あたしの心を切り裂いたみんなもきっと,同じように痛いだろうから,がんばってがんばって胃をなだめる。あの子たちは友達じゃないから,傷に思い入れなんかない。あたしはその傷を隠すように,心を手で握った。

「情緒不安定なんだ,ごめんね」

 友達にそう言う。
 同じように痛い思いをしてる彼女等に言えば,なんとも言えなさそうな顔をした。
 ごめんなさい。
 嫌いにならないでくれたら,嬉しいな,なんて言えば,きっと怒られてしまうだろうと,癇癪の中で笑った。

*

 体育祭の,一年女子団体競技のルールを簡単に説明すると,「二メートルほどの布のついた棒をバトン代わりに,前の人の布を踏んだり踏み返したりしながらアンカーまで回していく」だ。
 踏むと,相手はバトンを落とす。相手がバトンを拾う間に抜かすことが可能だし,バトンを持ってない状態の人は相手の布を踏むことができない。しかし踏むのがとても難しいのだ。よって,踏むことではなく「抜かすこと」を考えると良い。
 必死になりすぎて,バトンを肩より上に掲げるのを忘れた場合,失格になる。
 踏めば,大分有利になるけれど。

「難しい上に,足遅いから駄目なんだよなあ」

 少女はルールを思い返しては,悲しそうに呟いた。 
 壮絶な闘い。仲の良し悪し全て無しにして,競技に臨む。
 「踏めえー!」飛んでくる声援を,可能にするだけの力があるわけがなかった。
 非力な少女は本番を考え,自分を傷つけた言葉を思い出し,泣いた。

*

 嫌いも好きも全て飲み干して,塊のままに呑みこんで。
 そうすれば,味はわからない。そうすれば,忘れられる。
 塊が崩れて,痛みが全て消化されれば,また歩き出せるから。
 ぜんぶ忘れれば,また,素直に笑えるはずだから。
 きっとそう。
 きっとそうにきまってる。
 消化された分の欠片が,あたしに嫌な感情を刻んでいくけれど。
 きっとまた素直に笑えるはずだから。

 「そんなことない」だなんて最初からわかってるのに,思いこもうとしてるあたしはあまりにも臆病で弱虫で,やっぱり馬鹿で滑稽なんだろう。


「糞餓鬼がなにをほざいてる,だなんて思うでしょう?」

 糞餓鬼なりに思う事があるのを伝えたいのに,それを飾る言葉があまりに多過ぎて。
 あたしは言葉の中に埋もれた「たったひとつ」を,とらえることが出来なくなった。
 とらえることが出来なくなって,「近くにない」という事実がどうしようもなく苦しく,あたしは息が出来なくなる。
 ああ,これは。

「あんまりにも愚かだ……と,どうぞ笑ってください」


04 / 終