大人オリジナル小説
- 05 「私,自己陶酔者で道化師で傍観者だわ」 ( No.5 )
- 日時: 2011/03/20 23:08
- 名前: 黒紅葉 ◆uB8b1./DVc
05 興味
美早希と希美の距離が大分近くなり,それでも絶妙な距離をとって,「普通の友達」をやっていた頃のこと。
希美はある日,美早希をトイレへ呼び出した。「大事な話だから」。何の話は教えず,とにかく来い,と。美早希は躊躇った。
真冬という,厳しい寒さに耐えようと,多くの人が露出を控えた格好の中。希美は短パンにニーソックスといかにもファッション重視です! と主張するような服装だった。
そんな希美は,美早希がトイレに来るなり,個室に連れ込んだ。当然美早希は焦る。希美は美少女なのだ。友達・同姓ということを入れても,二人きりなら,ドキドキしてしまうものである。
真っすぐで鋭い視線が,ひとり勝手に頬を赤く染める美早希を貫いた。
人の視線に敏感な美早希は,反射的に顔を上げる。
「あんたに,私の弱さを知ってもらいたいの」
希美は,真面目な顔で,強い意志を持った瞳で,美早希にそう言い放った。
希美は,美早希が自らに焦点を合わせたのを確認し,左足のニーソックスを膝下まで下げた。
「…!?」
声が,出なかった。
そこから現れたのは,所謂切り傷で,しかし切り傷と言うには深いものだった。
白いふとももから膝下までに走る赤いそれは,生々しい。
まるで刃物で切った,というよりは裂けた傷跡から,中の肉が見え隠れする。それが尚更痛々しく,美早希は金縛りにあったように動けなくなった。
そんな美早希に,希美は呪文をかけるように耳元で囁く。
「昨日ね,切ったの。姉さんに死ね,って言われて,母さんも黙って見てて,嗚呼,生きてるのかな私って……確認の為に切ったんだ」
見えないように,と。
それはカッターの刃を食いこませ,しゅっと引き裂いたらしい。彼女いわく,「全然痛くなかった」だそう。
やっぱり裂いたのか,と美早希はまだ理性のある冷静な心で思った。
「だらだら血出てね,でもティッシュで抑えてたらとまったわ」
綺麗な笑顔で言う希美。美早希はショックで声が出なかった。
リストカットに関する知識はある。陽子に教わり,ネットで吸収した。だけど……。
だけど?
実際に周りの人がやってるとは思わなかった?
違う。
「なんで笑ってるの?」
「…え?」
「なんで自慢話みたいなの? ダメだよ,そんなの」
美早希の口からは自然と言葉が出てきた。考えてないのに,ほろほろと零れおちてく見たい。
「なんでって,美早希には全部さらけ出せると思ったから」
「違う違う,私はそんな…」
受け止められる人じゃない。
その一言は,言えなかった。
「…そんなの,ヘン」
その代わりに,彼女は一番言ってはいけない言葉を投げかけた。
そのまま個室から飛び出て,一人で教室に駆け込み,机に突っ伏した。
飛び出る直前に見えた希美の,傷つき揺らいだ瞳が,脳裏に焼き付いて離れなかった。
闇に染まる,直前。
少しだけ,興味をもってしまった。
「どうして私が悪なの」
「道化師は悪の名を買って出るわ」
「もしそれが本当ならば」
「私はサーカスの途中で首吊りしてみせる」
05/終