榛名の課題も終わりに近づいたころ、教室に訪問者が訪れた。
ガラッ。教室の戸が開く音に反応する咲恵・香奈美・洵の3人。榛名は課題と睨めっこ中。
「幸人いますかね?」
と言って入ってきたのはフックこと福田 祐之助。陸上部の期待のエースだ。入学直後のスポーツ大会で50m、6秒という驚異的な記録を叩きだした。大会でもその実績は出ていて、1年生ながらに県大会1位という栄光を掴み取った。いまや1年生の中に彼を知らない者はいない。
洵は入ってきたのが薫じゃないと確認するとまた本に眼を移した。
「幸人?居ないけど…部活じゃない?」
幸人の属している男子バスケットバール部はなかなか強くて去年はインターハイにも出場したほどだ。今年も、インターハイの時期が近づいてきているため部活にも熱が入っている。
「そうですか…ありがとうございます」
「ねー福ちゃん。何で敬語?」
福ちゃんとは咲恵が付けた祐之助のあだ名のことだ。
「いや〜…癖、なんで」
祐之助はもう一度ありがとうございました、と言うと走って出て行こうとする。
「あ、部活頑張ってね」
「あ、はい。頑張ります」
祐之助は廊下を走って行ってしまった。
咲恵が廊下を覗くとそこにはもう祐之助の姿はなかった。
「やっぱ凄いなー陸上部。もう見えない」
たった10秒間でおそらく階段まで100mはあるであろう廊下を駆け抜けた祐之助は凄い、と改めて思った咲恵だった。
「ん゛ー!!!課題終わりっ!」
榛名の課題との睨めっこともようやく終わりが来たようだ。「ん゛ー!」と唸りながら伸びをする。
「ふぅ…井口先生のところ行って見せてくるね」
井口は締め切りに煩い。今日中に見せなければきっと鬼の鉄拳が降ってくるだろう。
「いってらっしゃーい」
「いってらっさーい」
井口の性格を知っている2人は榛名を見送った。
ぱたぱたと榛名は駆けて行った。
職員室前まで来て、職員室の戸をあける。
「失礼します、井口先生…」
井口がいるかどうかと確認すると、見当たらない。
(はぁ!?どこ行ったんだよあいつ…課題持ってこいとか言ってたくせに!)
榛名は怒りで燃えていた。
(あー…マジうぜぇ)
などと考えていると、声をかけられた。用務員の人だ。
「誰をお探しですか?」
「あ、井口先生です」
少し戸惑って返答が遅れてしまった。普段話さない人に話しかけられると緊張するものだ。
「井口先生は今お説教中なんですよ…」
へぇ……と榛名の口元が思わず上がる。
「誰ですかね?」
(面白いじゃんw)
「あぁ…3組の河崎さんと、飛来さんが…」
この名は何度も聞いたことがある名だった。なんせ中学が同じなのだ。飛来にいたっては小学校も同じ。聞いたことないはずは無い。
「河崎 珠恵さんと飛来 彩花さん、ですね?」
「そうそう!その子よ!何でも髪染めたみたいで……」
ほんと、馬鹿よねぇと用務員はつぶやく。
「あ、では失礼します」
榛名は自分が聞きたい情報だけ聞き出すと、もう興味が無いとでもいうかのように手早に職員室を去って行った。