大人オリジナル小説

Re: 生きる希望を下さい 【29話 久々に更新】 ( No.116 )
日時: 2013/04/14 16:44
名前: 華世

♯29 最後のお願い



 私は紗雪に駆け寄り、そっと抱いた。ほのかに洗剤の良い香りがする。
「昨日はごめんね。急に逃げちゃって……」
 紗雪の胸に顔を埋めたまま、私は謝った。
 今思い返すと、謝っても謝りきれないくらいに申し訳ない事をしてきた。
 紗雪は無言で私の背に手を回し、優しく包み込んだ。
 優しさと温かさに安心して、感情が込み上げてくる。
 私は嗚咽を堪えながら泣いた。
「いいの、気にしないで。あんな事言われて驚かない人なんていないでしょう?」
 紗雪はいつだって冷静だった。
 余命宣告をされた時はきっと一番悲しかっただろうし、辛かっただろう。
 しかし今では、その事をしっかりと受け止めて毎日を過ごしている。
 私にはとてもじゃないけどできない。

「ねえ千聖。あたしの最後のお願い聞いてくれるかな……?」
 私を離して紗雪は静かに言った。囁くような静謐な声で。
 真っ直ぐに見た紗雪の目は、自らの死を悟っているようにも感じた。
「うん、何でも聞くよ」
 私のこの言葉に悲しげに微笑み、紗雪は何かが入っている袋を取り出す。
 そしてそれを私の前に出し、口を開いた。
「この中の花の苗を一緒に植えて欲しいの」
 その願いに私はもちろん、いいよ、と答えた。

 綺麗に整備されている庭に出た私たちは、花の苗を持って日当たりの良い場所に移動した。
「これ、何の花なの?」
 私は先ほどから疑問に思っていた事を口にした。
「咲いてからのお楽しみよ!」
 それが返ってきた答えだった。
 お楽しみ……それもいいだろう、と私は苦笑する。
 紗雪は小ぶりの白いプランターに一つの苗を埋めた。
「もう一つの苗は千聖が埋めて」
 苗を渡された私はプランターにそれを埋め、土を被せる。
「お願いを聞いてくれてありがとう。綺麗に咲くといいね」
 紗雪は屈託のない笑顔で笑って見せた。
 あと数えるくらいしかこの笑顔を見られないと思うと悲しかった。