大人オリジナル小説

Re: 生きる希望を下さい 【31話 更新】 ( No.122 )
日時: 2013/04/16 18:35
名前: 華世

♯32 伝えたい



 もうこんな日常は嫌で仕方がない。
 学校へ行けばあの噂で持ちきり、家へ帰れば母の虐待。
 何もかも消し去ってしまいたかった。
 だが、私はごく普通の中学生の少女。魔法使いでなければ、超能力者でもない。
 一瞬で過酷な日常から楽しい日常に変えるという事はできない。
 それでも私は、自分を取り巻く環境が少しでも変われば良いと思った。
 いや、どんなに些細な事だけでも変えてみせる。

「ただいま」
 いつものように、返してくれるはずのない挨拶をする。
 だけど今日は違う。母に言わなければならない事がある。
 私はもう、やられっぱなしの人間じゃないんだ。
「千聖ー!! 遅いんだよ……っ!」
 母が鋭く睨みつける様にして、台所から出てきた。
 左手には空になったお酒の瓶が握られている。
 そして母は、空いている右手を私の頭上に振り上げた。
「待って、お母さん! 私……お母さんに話したい事があるの!!」
 私を殴ろうとした母の手をしっかりと掴み、ゆっくりと下ろした。
「……何よ」
 母は私のいつもと違う様子に戸惑ったのか、すぐに目線を逸らした。
 私は深呼吸をして、興奮状態に陥った自分を落ち着かせる。

 長い沈黙。狂ってしまった時計の秒針の音しか聞こえない。
 俯いていても母の強い視線ははっきりと分かる。
 私は勇気を振り絞り、やっとの事で口を開いた。


「お母さん、また昔みたいに笑って下さい……」


 目を堅く閉じる。目の前にいる母の表情を見るのが何よりも怖かった。
 今、母はどんな表情で私を見ているのだろうか。