大人オリジナル小説

Re: 生きる希望を下さい 【32話 更新】 ( No.125 )
日時: 2013/04/16 19:44
名前: 華世

♯33 精一杯の言葉



 私は母が大好きだった。
 穏やかで頭が良く、優しい女性。当時の私にとって母は尊敬する人物でもあった。
 だけどそれは過去の話。あの日以来“家族”というものが崩れてしまった。
 もちろん、自分にだって原因はある。しかしこのままの状況が続くのはとても耐えられなかった。
 だから、私は自分の気持ちを伝える決心をしたのだ。

「お母さん、また昔みたいに笑って下さい……」
 瞼を閉じた世界では、母の色々な表情が映し出される。
 あの頃の穏やかな表情、鬱状態のげっそりとした表情、私を虐待する鬼のような表情――――

 目の前にいる母は今、どんな表情で私を見ているのだろうか。

 私は恐る恐る瞼を開き、ゆっくりと顔を上げた。
 視界に入った母の顔は、怒っているような困っているような、何とも理解しがたい表情だった。
 それでも私は精一杯、自分の思いを伝えようとする。
「受験に失敗したのは自分のせい。お父さんがいなくなった時も、自分の事しか見えていなくてお母さんを助けられなかった。それは今も、私が悪かったと思ってる……」
 母の表情は全く変わらない。
「私、小さい頃からお母さんみたいな人になるのが夢で、ずっと憧れてた。でも、受験に失敗して同じくらいの時期にお父さんがいなくなって……近所の人からも陰口言われて、お母さんが夜中に泣いていたの全部知ってる。辛かったのも、苦しかったのも……」
 そこで母は目線を下げた。まるで私の顔を見ていたくないかのように。
 だが、私は話を続ける。
「色々あって私に暴力を振るったんだね。でもね、辛いのはお母さんだけじゃない。私だって同じだった。ずっと暴力に耐えてきたけどもう限界。だから……あの頃の優しい、私の大好きだったお母さんに戻って下さい。そしてまた、私に笑顔を見せて下さい……!」

 精一杯の力を振り絞って伝えた言葉。
 少しだけ、本当に少しだけでも、私の今までの思いが母に伝わっていて欲しい。