大人オリジナル小説

Re: 生きる希望を下さい ( No.142 )
日時: 2013/04/30 20:36
名前: 華世

♯41 迫る命のリミット  紗雪視点



 霞んだ視界から見える空は、どこまでも青くて綺麗だった。
 窓の端からちらりと顔を出しているのは膨らみ始めた桜の蕾。
 あと少しもすれば、とても美しい満開の花を咲かせてくれるだろう。

 薬品の臭いが漂う殺風景な病室。
 あたしは外の景色に憧れながら、視線を真っ白な天井に戻した。
「まだ生きていたい……!」
 力一杯に届くはずのない天井へと手を伸ばす。
 限界を感じたその腕は、力が抜けてベッドに叩きつけられる。
 その瞬間、心臓に激しい痛みが襲い掛かった。
 握り潰されたかのように締め付けられる鈍い痛み。
「あっ……ああ、あぁ……!」
 気づいた時には、呼び出し用のブザーのスイッチを思いっきり押していた。

 だが不思議な事に、すぐに先程の激しい痛みが嘘のように楽になった。
「紗雪、大丈夫か!?」
 薄っすらと白髪交じりの男性医師が病室に駆け込んでくる。
 首からかけていた“相澤誠司”というプレートがあちこちに揺れる。
「先生、もう……大丈夫です」
 あたしが苦笑しながら答えると、険しかった先生の表情が和らいだ。
「そうか、ステーションのランプがいきなり点滅したから驚いたよ」
 そう言って僅かに白く染まった頭を軽く掻いた。

 相澤先生はあたしが幼い頃から知っている医師。
 一見怖そうに見えるが、本当は凄く優しくて知識が豊富だ。
 入院していた時は窓の外から見える花について詳しく教えてくれた。
 毎日午後2時に始まる先生の話を聞くのが何より楽しみだった。
 つまらない入院生活を送っていたあたしには最高の時間だったと言っても過言ではない。

「先生、白髪増えましたねー」
 あたしが大げさに笑って見せると、先生は肩を竦めて見せた。
「あー、やっぱり?」
 先生の昔と変わらない笑顔を見てほっとした。
 だけど残酷にも、時間は刻々と進んでいるのだ。
 規則正しい時計の秒針の音がいつもより大きく聞こえる。

 あたしの命のリミットはもうすぐ終わりを告げようとしていた。