大人オリジナル小説

Re: 生きる希望を下さい 【42話 更新】 ( No.143 )
日時: 2013/05/12 14:55
名前: 華世

♯42 命の儚さ



 爽やかな風に当たりながら自転車をこぐ。
 肩に着くくらいの短い髪が風でふわりと靡く。
 そんな心地よさに浸りながら、私はゆっくりと坂を上った。

 坂を越えてすぐに紗雪の家がある。
 自転車をなるべく邪魔にならない所に止め、インターホンを押した。
 しかし、しばらく経っても応答がない。
「あれ、病院かな?」
 紗雪が通院していた病院を思い出し、再び自転車をこぎ始めた。

 ここから病院までは10分弱といった所だろうか。
 広い交差点を渡ると、真正面に新しく綺麗な病院がある。
 周りの花壇もきちんと手入れされていて、色とりどりの花が見事に咲いている。
 それを見て、私は自分が手ぶらである事に気がついた。
「花、買うの忘れちゃった……」
 手ぶらで病院に入る事を戸惑っていると、後ろから女性の声がした。
「あら貴方、お見舞いに来たのかしら?」
 その声に振り向くと、フラワーアレンジをした花を持った女性が立っていた。
 鮮やかな黄色と橙色のガーベラのフラワーアレンジ。
 私は俯きながら答える。
「はい、でも花を持って来るのを忘れてしまって……」
 その言葉を聞いた女性は、にっこりと優しく微笑んでガーベラを私の前に差し出した。
「じゃあ、この花を持っていってあげて。きっと喜んでくれるわ」
 私は受け取ったガーベラをしっかりと抱いた。
 女性は無言で優しい笑みを浮かべるだけだ。
「あ、有難うございます!」
 すると先ほどとは変わって、女性は悲しげな表情を見せた。
「わたしの息子もね、白血病でこの病院に入院していたの。わたしは毎日花屋の仕事から帰ると、すぐにここへ来てアレンジした花を飾っていたわ。あの子はガーベラがとても好きだったのよ」
 私は胸に抱いた鮮やかなガーベラをじっくりと眺めた。
 素晴らしいほど綺麗に、元気に咲いている。
「でもね、去年のちょうど桜が満開になった頃に亡くなったの。まだ5歳だった。それからもずっとこの病院に花を届けているわ」
「……そうだったんですか」

 私はガーベラのフラワーアレンジを先ほどよりも強く抱いた。
 二色のガーベラたちが悲しげにこちらを見上げているように感じる。
 そして、改めて命の儚さを実感した。