大人オリジナル小説
- Re: 生きる希望を下さい ( No.160 )
- 日時: 2013/07/24 19:04
- 名前: 華世
♯46 満開に咲く頃に
私は呪文のような英文を軽く聞き流しながら、右手に持ったシャーペンを器用に回す。
少し肌寒いくらいの風が僅かに開いた窓の隙間から入り込んでくる。
桜が開花するのはもうちょっと先かな、なんて心の中で思った疑問をぽつりと呟いてみた。
すると、前の席の玲に聞こえたのか、彼女は私の方を見て控えめに笑う。
ちらりと窓の外を見ると、桜の蕾は寒そうに震えているようだった。
桜が満開になる時、紗雪はもう――――
「じゃあね、神崎さん。また明日!」
休んでいた男子学級委員の代わりに玲を手伝っていた私は、いつもより30分ほど遅くに校門を出た。
「うん、また明日ね」
途中まで一緒に歩いていた玲と別れ、帰り道を急ぐ。
まだ残って練習をしている吹奏楽部の合奏が次第に遠くなっていく。
「これ、卒業式で演奏する曲だ……」
穏やかなそのメロディーを聴いていると不意に悲しくなってきた。
春。それは出会いと別れの季節。
紗雪と出会ったのは確か、母の日辺りだった気がする。
時が過ぎるのは早いものだと感じているうちに、私の目から一筋の涙が零れた。
「あれ、何でだろ……何で涙なんか……」
紗雪はまだ生きているはずなのに、自然と涙は溢れるばかりで。
事情を知らない他人は今、私を不思議なものを見るような目で見ているはずだ。
泣いている事がバレないように、私は俯きながら足を止める事なく歩き続ける。
そんな時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「千聖ちゃん、ちょっといいかしら」
制服の裾で急いで涙を拭い、後ろを振り返る。
そこには、袋を片手にぶら下げた千鶴さんが立っていた。
「こ、こんにちは。何か私に用が……?」
まだ完全に拭いきれなかった涙目のまま、私は無理やり笑顔を作る。
千鶴さんは疑問に思ったところもあるだろうが、特に気にする様子もなく話を続けた。
「いきなりで悪いんだけど、紗雪がこれを千聖ちゃんに渡して欲しいって……」
そう言って千鶴さんが見せたのは、あの時紗雪と一緒に花の苗を植えた小ぶりの白いプランターだった。