大人オリジナル小説
- Re: 生きる希望を下さい 【金賞有難うございます!!】 ( No.173 )
- 日時: 2013/10/15 20:30
- 名前: 華世
♯49 彼女の心拍数
長い間静寂を保っていた病室に、か細く透き通った声が響いた。
「千、聖……」
涙で潤んだ紗雪の虚ろな瞳は、どこか遠くを見つめているようにも見える。
呼吸は多少乱れてはいるものの何とか話す事は出来るようだ。
「無理しないで、紗雪。私はここにいるから」
心の痛みを誤魔化すかのように、無理矢理笑顔を作って自らの感情を押し殺す。
こんな事をしても自分を苦しめているだけなのに。
分かってはいても、こうでもしないと自分が壊れてしまう気がして怖かった。
「雨、まだ止まないね」
首を僅かに窓の方へと傾け、紗雪は灰色の空を眺める。
窓の隅からちらりと顔を出している桜はもう既に満開だ。
しかし、綺麗に咲いたその花は雨風と共に遠くへ運ばれてしまう。
「……そうね、早く止むと良いわね」
ずっと黙っていた千鶴さんが口を開いた。その声は今にも泣きそうな、消えてしまいそうなとても小さいものだった。
きっと千鶴さんも私と同じ。こみ上げてくる感情を必死に抑えているのだろう。
その時、紗雪の呼吸が再び乱れ始めた。
「うっ……苦、しい……っ」
人口呼吸器をしているにも関わらず苦しそうに手を伸ばす。
ぐちゃぐちゃになった白いシーツの端を思いっきり掴んでいる。
「一分一秒でも長く、生きてくれ!」
先生の声が震えている。何百人、何千人もの患者たちを診てきた相澤先生が、一人の少女の“死”を恐れている。
末期患者の彼女にはどうする事もできず、私はただ心の中で祈るだけしかなかった。
何も出来ない自分が腹立たしくて、もどかしくてどうしようもない。
だけど、機械から放たれる心拍数の電子音は徐々に弱さを増していくだけだった。
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