大人オリジナル小説
- Re: 生きる希望を下さい ( No.174 )
- 日時: 2013/12/24 16:57
- 名前: 華世
♯50 優しい温もり
「紗雪、生きて……!!」
嗚咽と震える声を押し殺して出た言葉は、意識が朦朧としている紗雪に聞こえていたのだろうか。
必死に口を動かして何かを伝えようとしている姿に胸が締め付けられる思いだった。
隣で涙を堪えていた千鶴さんが顔の近くまで寄ってどうにかして言葉を聞き取ろうとする。
「ここまで育ててくれて有難う。血は繋がっていなくても、お母さんの事、大好きだよ。ずっと元気に過ごしていてね」
紗雪はゆっくりと言葉を紡いでいくかのように、消えてしまいそうなか細い声で思いを伝える。
何度も何度も頷いて口元をハンカチで押さえている千鶴さんを見て、込み上げる感情が漏れないよう私は唇を強く噛み締めた。
「相澤先生」
心拍数を表示する機械を険しい表情で見つめていた相澤先生は、その一言で紗雪の方へと顔を向けた。
「先生は……あたしが小さい頃からずっと、助けてくれていたよね。入院生活はつまらなかったけど、先生のお話聞くのが唯一の楽しみだったな……これからも沢山の命を救ってあげて下さい」
苦しいはずなのに頑張って笑顔で言いたい事を伝えていく紗雪に相澤先生は強く頷いた。
「ああ、必ず……必ず沢山の命を救ってみせる」
その声は決意に満ちた、とても芯のある声だった。
紗雪はしばらく天井を見つめたまま、次第に弱まる心拍数の電子音と遠くに聞こえる雨の音に浸っていた。
「千聖……あたし、本当はまだ生きていたいよ」
視線を天井から逸らさずに、私が先ほど伝えた言葉に答えてくれた。
痛いのはとても辛い。闘い続けるのはとても苦しい。死ぬという事はとても怖い。
力のない笑顔の下にこれらの感情が隠れていると読み取れると同時に、ごく僅かであるが私も理解している。
「そうだよ……もっともっと生きていてほしい。これからも沢山お話したいよ!」
絞り出たような声で思っている事を吐き出し、彼女の手を握った。
「うん、あたしも。思えば千聖と過ごした時間、短かったよね。そういえば分裂した事もあったね……でもあたし、ずっと信じてた。戻ってきてくれた時、本当に嬉しかったんだよ」
快楽のためだけに紗雪を捨てて由麻たちの仲間になったあの日。
私は今でも忘れていないし、罪悪感だって消えるはずがない。
耐えられなくなって思わず俯いてしまった私の手を紗雪は握り返した。
「千聖はあたしの最高の親友。それはこれから先もずっと、変わらないって信じたいな……」
押し殺していた嗚咽が口の端から漏れる。
「うん。これから先も絶対に変わらないよ……!」
私の言葉に、苦痛に耐えながらも優しい微笑を浮かべる。
「ありがとう、千聖。大好きだ……よ」
小さな声が消えゆくと同時に、今まで刻んでいたはずの心拍数がとうとう延々と変わらない音を発するようになった。
それは、紗雪の死を残酷にも物語っている。
相澤先生の方を振り返ると、顔を顰めて静かに首を横に振った。
千鶴さんはその場に泣き崩れ、私は答えてくれるはずもない紗雪の名を叫んだ。
「紗雪……!!」
私はその後も声が嗄れて出なくなるまで何度も何度も彼女の名前を呼び続けた。
返事はないと分かっていても、また“千聖”と微笑んでくれる気がして。
まだ少し寒い春、紗雪は14歳という若さでこの世を去った。
満開の桜に見送られながら、優しい微笑を浮かべて。
握ったままの手は、まだ僅かに彼女の温もりが残っていた。