大人オリジナル小説
- Re: 死に方を知らない君へ。 ( No.102 )
- 日時: 2014/05/06 20:57
- 名前: 杏香 ◆A0T.QzpsRU
じわじわとした痛みが、手のひらから全身に伝わっていく。
まさかこの年になって転ぶとは思っていなかったし、その痛みは想像を遥かに超えていた。
――ああ、転んだ時ってこんなに痛かったんだな。
脳内にそんな言葉がよぎった時、聞き慣れないクラクションの音が私の耳を劈いた。
驚いて顔を上げると、ちょうど交差点を曲がる途中だった車の運転手が、私を迷惑そうに睨みつけている。
……クラクションを鳴らされたのは、他の誰でもない私。
「ごめんなさいっ……!」
私は頭を下げて謝りながら、慌てて横断歩道を渡りきった。
はぁ、と小さな溜め息が漏れる。
また自分が人に迷惑をかけてしまった事に、何だか無性に腹が立ってしょうがない。
どうやら私は、自分でも気が付かない内にぼうっとしていたらしい。それが道の端っこならまだしも、横断歩道の真ん中だったのだから……睨まれるのも、クラクションを鳴らされるのも当然だろう。
邪魔なんだよ、早くどけと怒鳴られないだけ良かったのかもしれない。
でも、自分はきちんと謝ったのだから……そう言い訳をしてみても、私の心は曇ってゆくばかりで。
少し血が滲む手のひらを見つめ、私はもう一度溜め息をついた。
転んだ時に触れた、冷たい氷の感触がまだ残っている。
恥ずかしさや怒りで荒れる心を抑え込み、私はある場所へと向かっていた。どこでもいいから、一人になれる場所が欲しかったのだ。
きっとあの場所なら、他に誰も居ないだろう――。
そんな淡い期待を胸に、私が辿り着いた場所。
そこには、私にとって一番大切な思い出が存在する。
既に先客が居た事にも気付かず、私は駆け出していく。
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