大人オリジナル小説

Re: 死に方を知らない君へ。  ( No.63 )
日時: 2014/02/06 22:10
名前: 杏香 ◆A0T.QzpsRU

 私は今までに一度だって、あの事を忘れた事が無い。
――いや、忘れる事が出来ないと言った方が良いだろう。
 いっその事、もう忘れてしまいたい……何度も何度もそう思って、その度に忘れようと努力するのに。
……それなのに、消えないのだ。
 それ程までに、"あの事"はまだ幼い私にとって衝撃的だったのだろう。
 今でも変わらず、それは同じで。思い出すだけで、お母さんに対する恐怖が増してくる。
 "あの事"……というのは、昔、私がお母さんに殴られた時の事だ。
 今ではすっかり日常茶飯事となっている事だが、当時の私には怖くて仕方がなかったのだ。何しろあの時はまだ、お母さんが優しかったのだから。
 仮面の下にある素顔、とでも例えようか。それとも……優しい母親の、残酷な一面とでも言うべきか。

 私は昔から不器用で、野菜の皮すらも上手く剥けなかった。単刀直入に言うと、料理が下手だったのだ。
 そんな私がいつも夕食作りを手伝っていたのだから、お母さんはイライラしていたのだろう。
 今思えば既にその頃から、お母さんの言動には私に対するイライラが表れ始めていた。
 怒鳴ったりとか、私を睨みつけたりだとか。私はどうしてもそれが嫌で、一時期手伝いをしないようにした事もあった。けれど手伝いをしなければ、お母さんは怒る。
 そうして、渋々ではあるがまた私が手伝いをするようになった頃――ある時を堺に、お母さんは私を殴るようになった。