episode 戸川将太
「古川君は、教室に戻らない――」
「今日はもどらねぇ」
何か変な感じだ。俺と古川が一緒に、給食を食べているとか。テーブルを使って、古川はそう返した。
藤原先生は溜息を付きながら、俺を見る。
「戸川君は、ここに居るのよね」
「……部活、なんで」
弓道部に入っている俺は、毎日部活へ行っている。それは“逃げ”でもあったけど。
「今日はここに居ていいけど、無理は禁物。早退させたいけど、親御さんにも連絡は通じないし」
……電話に出ないって事は、酒を飲んで寝てるかな。母さんはもしかしたら、買物かもしれない。
「ゆっくり休んでね。古川君は、先生の呼び出しがあったら教室に戻ってね」
「だから戻らねぇよ」
古川、機嫌が悪い様に見えるんだけど。その顔が怖くて、俺は目をそらす。
「もう……。ここ、ちょっと頼むわね。担任の先生に聞きたい事があるから」
そう言って、藤原は出て行く。保健室は一瞬で静かになった。
古川は給食を食べず、何かを考えていた。ただ、俺が箸を進める音しか聞こえない。
「……くそっ」
古川の声が、震えていた。思わず古川をまじまじと見る。その目には、涙が浮かんでいた。
「古川……どっか痛いのか？」
「あ？」
「泣いてる、か……ら」
ドスを聞かせた声に、俺はビビる。怖すぎるから、その声はやめてくれ。
「……ちげぇ。どこも怪我してねー」
「？」
古川は涙をセーターの袖で拭いながら、ポツリと呟いた。
「……あいつと、話せねー事が嫌なだけだ」
古川はそう言って、給食に手を付け始めた。俺はそれを見ながら、古川の呟きにこう返した。
「……それは、若林の事で、合ってる？」
「合ってる」
「友達を、人を傷つけるのって、どっちにも何かしら……傷を残すから」
父さんみたいに、俺や母さんに傷を残しているから。
だから、平気で笑って罵って傷を付けるのだけは――やめて欲しかった。
俺は、また倒れるだろう。
虐待されたことが、虐めを見て思い浮かぶから。
「自覚してなくても、傷は、きっと付くから」
父さんも、きっと――ああなる理由があるから。俺は、母さんから教えてもらったこの言葉を信じてる。
「陰で、話してもいいと思う」
何で俺は、古川にこう言ったのか分からない。ただ、何となく伝えたかった。
何かを、伝えたかったんだ。
