episode 戸川将太
「……」
先輩からのメールを見て、俺は携帯を閉じる。連絡用に買ってもらった物で、ネットとかは使ってない。
元々、そういうのには興味があまり無いから、別にいいんだけど。
「うるせぇ!」
「やめて、やめてぇ!」
小さな一軒家――俺の家。その家の中に入ると、そんな声が聞こえてきた。俺は既に震えていた。
「……」
自主練で遅くなったけど、本当はこんな声を聞きたくなかったから。だから、俺は七時半まで学校に残っている。
「……」
リビングのドアを開ければ、父さんが母さんに暴力を振っているのが見える。父さんは俺を見て、舌打ちした。
「何だその目は! 親に向かって!」
すぐに痛みを感じた。右頬に痛みを感じる。俺はそのまま床に倒れた。母さんは慌てて止める。
父さんはまた舌打ちしながら、玄関へ向かう。ドアも荒々しく閉まる。どこかへ出かけたのだろう。
「将太、大丈夫?」
「大丈夫……だけど。母さん、もう警察に言おうよ」
母さんの目元も腫れてる。もうこんな生活は嫌だった。けど、母さんは言わない。
「今言ったら……私も、将太も、生活が出来ないから……」
「……」
母さんの背中は、とても弱々しかった。ご飯を作ろうとしているのだろう。けど、フラフラでヤバイと思った。
「母さん、俺が作るから休んでて」
「でも……」
「その前に、怪我の手当もしなきゃ」
俺もまた湿布を貼らないと。でも、よりによってこっちか。
***
「……」
母さんの手当をし、夕食を食べた後風呂に入るのが、俺の日課だったりする。母さんはその間に色々考えている。
いつから、こんな暴力を受けているのか分からない。
「……」
右頬には、斜めに切られた大きな傷がある。左頬には何も無いけど、右頬は父さんに付けられた。
父さんは、謝らなかった。いや、何かもう狂ってるとしか言えない。
「……」
洗面所でその傷を見た瞬間、俺の目から涙が零れた。
――どうして? 何で苦しまなきゃいけないんだよ。
四之宮達も、何でああやって平気でやれるんだよ。
その痛みを知らなきゃ、分からないのか?
「……」
また、聞こえる。怒声が聞こえる。まだ叩いては無いけど、ああやって母さんを追い込むんだ。
「……」
携帯を開いて、メールを見る。それは、石井先輩からだった。
『将太、元気無さそうだったけどしっかりやってたな。
何かあったら、相談していいからな!』
――石井先輩、これと虐めの事は相談できない。ただ、石井先輩には救われてる。
潤也にも、太陽にも、救われてる。
まだ、その三人と母さんが居るから俺は大丈夫なんだ。
けど、あの虐めは止まらないのか。いい加減にやめて欲しい。
「……明日、倒れなきゃいいな」
俺はそう呟いて、浴槽に入った。