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　episode６　工藤雛


　　――人に翼があるとしたら、それはどういう意味でしょう？

　――はぁ？　翼なんてある訳無いだろ。
　けど、もしあるならさ……。やっぱり、空を飛ぶものじゃね？
　あたし、バカだからそんなもん分からないんだよ。でも、空を飛ぶ以外だったら――意外に広い、この世界を見る為にあんじゃね？

　あたしの母親が、言ってた事に近いけど。


　＊＊＊

　紘歌達は、何か感じなかったのか？
　これは、行き過ぎた事だって。だって、頭を棒で殴ったら死に掛ける事ぐらい分かるよ。
　あたしは流石に止めた。そしたら、紘歌が笑顔を浮かべながら言った。



『裏切るの？』
『これはやりすぎだ！　いくら何でもさ……』


　この時のあたしは、必死だったんだろうな。けど、その必死さが逆にあたしを追い詰めた。
　紘歌は突然あたしの腹を殴った。その痛みで蹲ったあたしに対して、そして、みんなに対してとんでもない事を言った。


『裏切りみたいだから、殴ってもいいと思うよ？　“クドウ”さん、言う事を聞いてれば良かったのに』



　真奈美も、野村も、みんな―――狂ってた気がする。あたしも、その内の一人だったんだろうけど。



　みんなに殴られて、分かったこと。
　とても痛いんだ。榎本は、数ヶ月こんな痛い思いをしていたんだ。それと同時に、紘歌の恐ろしさが分かった。



　紘歌が、とんでもなく恐ろしい事が良く分かった。




　＊＊＊



「―――工藤さん、工藤さん！」


　目を開けると、榎本が心配そうにあたしを見ていた。起き上がって、周りを見ると、そこは外だった。ここは、グラウンドの近くの倉庫？


「榎本……」
「……良かった、大丈夫？」


　ホッとした様に胸を撫で下ろしていた榎本。心配していたのか？　


「榎本、あんた……。倉庫に閉じ込められてたんじゃ？」
「工藤さんと一緒に、だよ。でも、窓が開いてたからそこから」


　そう言って、開いている窓を指差した。確かに開いているが、木の枝と葉に隠れてよく見えない所にある。
　紘歌達は、あの窓には気づかなかったって事か。


「今、何時なのさ？」
「……一時間目、かな。道具避けなきゃ、あの窓に行けなくて」


　うわ、授業サボりにされるのかなぁ。紘歌達ならやりそうだ。あたしは痛む頭を抑えながら立ち上がった。榎本も同時に立ち上がっていた。そして、榎本はいきなりお辞儀をした。


「な、なんだよ」
「工藤さん、ごめんね」


　謝るのは、あたしなのに。あたしや紘歌達が虐めてきたのに。何でこいつは謝ったの？


「何で、あんたが謝るんだよ。それは、あたしの方―――」
「あたしが、四之宮さんにあんな事を言わなきゃ……」


　そう言って俯く榎本。そういや、紘歌が何で榎本を虐めてきたのかを聞いてない。
　真奈美とかなら知ってるはずだけど。


「榎本。あんた、何を言ったの？　あたし、知らないんだよ。あんたが虐められる理由」
「……え、工藤さん。知らない、の？」


　榎本の質問みたいなのに、あたしは正直に言った。あまり聞いていなかった。元々紘歌とは別のクラスだったってのもあるぐらいだし。


「知らない。真奈美とかなら知ってるだろうけど。何か滅茶苦茶イライラしてたのは……」
「“最低な人間”だって、言ったからだよ」


　ん？　最低な人間？　それはあたしもなんだけど。てか最低な人間って紘歌の事か。今となっちゃ、当たってるけど。
　榎本はさらに続ける。


「……噂を、聞いたから。だから、あたしは……教室で理穂に言っちゃった。“最低な人間だよ”って。そそれを聞かれちゃって。何度も謝ったけど、四宮さんは許してくれなかった」



　そういう榎本は、辛そうだった。そういえば、一年の時、紘歌は虐めをしていた。その虐めで不登校者が出たらしいと。
　確かな証拠とかもあったのに、先公はそれを信じなかったとか。
　あたしは榎本と歩きながら、そう思った。

「そっか。でも、紘歌が最低なのは認める。こうやって殴られたし」


　校舎に入りながら、あたしはそう榎本に返した。榎本はポツリと呟いた。


「工藤さんも、虐められるの……かな？」
「多分。でも、仲間になるのはゴメンかな。こうやって殴られてるのに、もう一度仲間？　そんなのになるかっての」


　あたしの言葉に、榎本はまた返した。榎本の声は、少しだけ震えていて。


「……工藤さん、悲しく、ない？　裏切られて」
「まぁ、そうかも。でも、これでいいや」


　あたしは笑いながら榎本に返した。


「紘歌がしてる事が、最低だって分かったし」