大人オリジナル小説

Re: ノイズ〜聴覚障害〜 ( No.1 )
日時: 2012/05/29 05:29
名前: のあ

「…」
 ここはとある病院の屋上、俺は透き通るような綺麗な空を見ていた。
「…はぁ」
 俺の名前は「黒木 黒褌(クロギ クロミツ)」周りからはクロって呼ばれている(犬って呼ぶんじゃねーぞ)
「…」
 空は初夏を感じさせるほどの光を帯びていたのに、俺の心はブルーだった…いや、ブラックか。
「いつまでこんな所に居なきゃなんねーんだよ…」

俺はある病を抱えてこの病院に来た。
 今はいいが、しばらくすると耳が聞こえなくなるらしい。

「…まあ耳程度聞こえなくなっても、絶望はしないけどな…」

 親はその事実を知ったとき泣き崩れていたが…、俺はそんな弱い人間じゃない。
 もちろん普通には生活できなくなってしまうのだが…だが絶望するほどのことじゃない。
 おかげで俺が父親と母親を慰める結果となってしまった。
 まったく…うざい親だ。
 しかし、うざい親だけど…俺はそんな両親が好きだった。
 いつも俺のことを第一に考えてくれる親だったから。

「それにすぐその症状は発生しないんだろ?…なら別に発生してからでいいんじゃないのか…入院…」

 ただショックなのは自分の好きな音楽(主にクラシックだが)が聞けなくなるのはちょっと残念に感じた。
 後は…ゲームをするのに不自由くらいか?

「病院ってなんもすることないのが嫌なんだよなー…」

 ため息を一つつくと、再び空を見た。
 相変わらずの快晴…俺の心とは真逆だな。

「なーに一人で騒いでんのよ」
「…ん?ああ、お前か…」
「まったく…病室にいないと思ったらこんな所で一人で笑って…あんた今端からみたら相当気持ち悪かったわよ?」
「うっせーな、ほっとけ」

 変な目で俺をみるコイツは「冬白 白亜」(フユシロ ハクア)、昔からよく白黒コンビって馬鹿にされたものだ。
 一応幼馴染に当たるのか?腐れ縁で小学校低学年からの知り合いだった。
 俺はこの近辺には小学2年に引っ越してきたのだが、一番最初に仲良くしてくれたのがコイツだ。

「…隣、いい?」

 白亜が俺を覗き込んで聞いた。
 右に結んだサイドテールが風で揺れた。

「…」

 俺は無言で横にずれた。白亜はそれを肯定と受け取ったのか、隣へ座り込んだ。

「なあ…」
「ん?」

 腕時計を見ると、時刻は午後の2時を刺していた。

「お前…学校は?」
「あー、学校ね…学校!」
「?」
「何か今日はお休みだったんだよ」
「なんでまた…」
「さあ?急に朝連絡が入って『今日はお休みです』だってサ」
「…何か記念日だったかな?今日」
「んー、違うと思うな。だって来月でしょ?県立記念日」
「お前よく覚えてるな…」
「えっへん、白亜ちゃんに知らないものはないのだあー!!」
「…」
「…もー!何か反応してよ!」
「…くくっ」
「ムッ、なんかむかつくー!!」

 白亜は顔を真っ赤にして、俺をぽかぽか叩いた。

「いたっ、いたっ…お前なんで俺を叩くんだよ…」
「うっさいわね!私を馬鹿にした罰よ!」
「…」

 昔からこうだ、一人で爆発するとしばらく止まらない。
 この場合の対処法は、疲れるまで待つしかない。

「えいえいっ!」
「…」
「えいえいえいっ!」
「…」
「えいっ!…ふぅ、すっきりした…。ってあああ!ごめん、またやっちゃった!?」
「いや、まあ別に痛くないからいいんですけどね」
「うう〜、ごめんね…」

 白亜は謝るが、俺は本当に気にしていなかった。
 いや、むしろそれだけで機嫌が直るのだから楽だった。

「いつもことだから気にするな」
「えへへ、そっかそっか…うん。いつものことだよね…」
「…?どうした?変な奴だな…」
「…もー、クロってば…女のコに変な奴って言っちゃダメなんだよ?」
「そういうもんかねぇ」
「そーゆうもんなのよ」







 …


 空に赤が差してきた、夕焼けだ。
 俺はここから見る夕焼けが好きだった。

 ここの病院はかなりでかい、もちろん高層ビルとは比べ物にはならないのだが…それでもかなり、だ。
 赤い光が高層ビルに掛かると、なんともいえない趣を感じさせた。

「クロってさ」
「ん?」
「ここ好きだよね」
「まあな、病院にいてもやることないからな」
「そうなんだ…」
「ああ…」

 しばらく二人で眺めていた。

「そういえば私ね」
「うん?」
「手話を覚えることにしたの」
「…?手話?何でまた…」
「だってほら、クロ…耳聞こえなくなっちゃうんでしょ?」
「ああ、そうだな」
「だから…覚えようかなって」
「何でまた…最悪字で疎通も出来るだろう」
「でもほら…私何かの役に立つかも知れないじゃない」
「…今の段階でも結構居てくれて助かるけどな(ボソ)」
「えっ?何?」
「いや、なんでもない…」

 絶望はしてなかった、全く持ってしてなかったが…それでも恐怖に感じることはあった。
 いつかは聞こえなくこの聴覚、恐ろしくないはずはない。
 それでも、この腐れ縁の幼馴染の無駄な元気さに助けられたことがいっぱいあった。

「ありがとな」

 俺は白亜の頭をぽんぽんとすると、白亜は顔を真っ赤にしてなすがままにされるのだった。







 …


「黒木さーん、食事の時間ですー」

 さすがに病院に一年もいるとなれたものだ。
 俺の部屋は個室だった、親がせめてもということで個室にしてくれた。
 最初こそは、病院食の薄味が嫌いだったのだが…今は逆に濃い味が食べれなくなってしまった。

「はい、じゃあこれクロちゃんの分ね」
「いつもありがとうございます」
「いいのよ、いつも白亜がお世話になってるし」

 この病院には白亜の姉の未亜(ミア)がナースで勤めていた。

「いえ、こちらこそいつも白亜にはお世話になってます」
「またまた…そういってくれると嬉しいけどね」

 白亜と姉は5歳違う、俺と白亜は高校一年の16歳。未亜は21歳だった。

「体、大丈夫?」

 未亜が、俺を覗き込んだ。左に結んだサイドテールがちょっとゆれた。

「ええ、大丈夫です」
「そう、何かあったらすぐ呼んでね。他の事を投げ出してでも駆けつけるから」
「いえそれは…、緊急事態の時ですよね」
「ううん、緊急事態の時以外でも」
「…いや、他の人を優先させてあげてください」
「ふふっ、考えておくわ」

 そういい残し、未亜は廊下へと出て行った。
 病室には柑橘系のいい匂いだけが残った。

「まったく、あの人は…」

 未亜とも昔からの知り合いだ。もっとも、仕事に就いてからは会うことはほとんどなかったが。
 昔はよくからかわれたものだ。

「…テレビでも見るか」

 俺はテレビカードを挿入して、電源を入れた。

 …あれ?

「音が出ないな…、何だこれ…壊れてるのか?」

 いくら音量をあげても聞こえなかった、完全に壊れてしまっているらしい。

「…仕方ないな…呼ぶか…」

 俺はナースコールのブザーを鳴らそうとした、正直こんなことで呼びたくは――。

(ん…あれ、ブザーの音が――)


 俺は…この瞬間を持って耳の機能を失い、すべての音がなくなった。