※聴覚障害中、手話という形でコミュニケーション手段を持っているのでクロ以外の発言も通常の「」で表示します。
※他のキャラ登場は、白亜を間に挟む形でコミュニケーションを持つ予定です。
「クロ、大丈夫?」
「ああ、いつも悪いな」
耳が聞こえなくなってからはや半年が過ぎた…そろそろ耳が聞こえなくなったことに慣れてきたころだった。
あの日以来、白亜はいつも俺のところに居てくれる。無論学校は行くので毎日ではないのだが。
なぜか俺の病室に白亜用のベッドとキッチンが配備されていた、しかも洗濯機と更衣室…これはもう普通のアパートでもいけるんじゃないか?
…そういえば白亜の家は相当のお金持ちだったか…。
『通訳が必要だから仕方ないわよ』と言いつつも居てくれる辺り、きっとお人よしに違いない。
最初の頃は俺の両親も「助かるけど、いつも迷惑掛けるわけには…」と白亜に言ってたらしい(俺が聞いたわけじゃない、白亜から手話で聞いた)
のだが「私がしたいからするんです」と言うと、両親はそれから何も言わなかったらしい。
ただ…気のせいか、そんな言葉で返してない気がするんだが…。
理由は3つ
1つ…白亜が俺の親の説得後、俺と白亜の両親が頻繁に会ってること…しかも俺の病室で。
2つ…明らかに白亜の両親からの俺を見る目が変わったこと。特に父親は俺に急激に接点を持とうとしている。
3つ…俺の母親が白亜に結婚会場のチラシを持ってきたりしてること…てかこれはもう確定だろ。
まあそりゃ俺だって?こんなに俺に対して尽くしてくれるコが居れば好きになりますよそりゃ、かわいいし。
でも何かここで俺が告白したら負けな気がするので知らない振りをしていた。
「そう…あ、これ食べて。リンゴむいたの」
「お、うまそうだな…いただこうか」
「うん、はいどうぞ」
俺はリンゴを口に運ぶ、シャリシャリという感覚が口に広がった。
音はしないのだが、感覚でわかった。
「おいしいな」
「うん。何かね…お母さんが遠くの町から持ってきてくれたみたい」
「そっか」
時刻は夜8時、外からは蛙の声が鳴っていた。
「あ、冷房ちょっと入れるね」
「おう、…今日は暑いからな」
「だよね、もうすっかり夏って感じ」
白亜は冷房のスイッチを入れた。
エアコンから冷たい風が部屋に流れる。
「はふぅー、エアコンは人間が作り出した最高の機械だよぉ」
白亜はエアコンの前で(><)の顔をしながらにへらとした。
「おい、白亜…エアコンに甘えるのはいいが…顔が溶けてるぞ」
「ふぇ?え?溶けてる?」
「ほら…鏡見てみろ」
「…あわわ!?ど、どうしようこんな顔…」
「…なさけねー顔だな…、あんまり俺以外のところで見せんなよ」
「えっ!?あ、うん…」
白亜が顔を真っ赤にしてうなずいた。
何か言ってるのだが、もちろん俺には聞き取れない。
「…なぁ」
「えっ?」
「何で言ってんのか俺にはわかんねーよ。手話で頼む」
「え、いいの!わからなくていいの!」
「え、いやでもだな…」
「でもでもどもでもないの!」
「いやしかし…」
「しかしでもかかしでもおかしでもないの!」
「お、おう…」
一通り捲くし立てると、落ち着いたのか。
「あ、ちょっと購買とお手洗い行ってくるね」
白亜がてってってっと病室から出て行った。
「…」
アイツは…いつも俺の側にいてくれる。
こんな風になってしまった俺でも、だ。
だが俺はアイツに何をしてあげれるんだ?
俺は…もう耳がきこえなくなってしまったただの男なのに…。
「…」
俺はベッドに横になった。
眠くはないが、こうしていると楽だった。
無論、肉体的な疲労ではない。精神的な疲労だ。
キィーン
「―――ッ!!」
突如襲われた言いようのない耳鳴りに、俺は耳を押さえた。
…耳鳴り?耳が聞こえないのに?耳聞こえなくても耳鳴りはなるのか?わからないが…。
「あ、あ、あ、あ…あぐっ…」
俺はその場にうずくまった、頭の中に響く耳鳴りと、そして…ノイズ?これは…
『…スケテ…ァ…コナ…ダメ…アアアアァァァ…』
女性の声と思われる声が俺の頭の中に駆け巡った。
『ソ…ウデ…ワタ…ノ…シモ…モウヤメ…』
「…ぐあああっ…ああ…」
この瞬間ほど、俺を殺して欲しいと思ったことはない。
頭の中を女性の声が響き渡り、頭を変な感覚が支配した。
そう、まるで頭の中を虫が這い渡るかのように。
ィーン…
しばらくすると、頭の中に響いた声も耳鳴りも這い渡る感覚も消え去った。
俺はというと、そのあまりにも凄まじい衝撃にベッドにうずくまっていた。
(な、なんだったんだ今の…何が起きたんだ…しかも俺の頭の中に女性の声が…てか久しぶりに人の声聞いたな…)
しばらくうずくまっていたが、気をとりなしてベッドから這い出た。
(ん…?そういえばアイツ戻ってくるの遅いな…)
ふと時計を見ると、あれから1時間もたっていた…ちょっと遅いな。
探しに行くか…俺は病室を後にした。
9時ちょっとすぎた病院は不思議なほど静まり返っていた…と言っても俺は元々何も聞こえないが。
俺以外の部屋は相部屋になってるので、通路に差し込む光はあった。
俺の部屋から通路には北側にある。通路にでて右に10mほど行くとトイレがあるのだ。
(いない…な、違う階かな?)
俺が居る4Fから一つ下って3Fに行った。
階段から降りて今度は左に行くと、そこに女子トイレがあったはず。
案の定トイレを見つけ、そこに白亜を見つけた…しかしいつもと様子が違った。
白亜はひざを抱え込むようにして体育座りしていた。
(どうしたんだアイツ?って――)
俺が近づくと、白亜はびくっとして顔を上げた。
そこには泣き顔の白亜がいた。
俺はすぐさま駆け寄った。
「おい!どうした白亜!」
「ひっぐ…」
「お前どうしたんだ…こんな所で…」
白亜は泣き崩れてしまって何も言えなかった。
代わりに、女子トイレの方向へ指を刺した。
「ここに…何かあるのか?」
白亜は何も言わない。
「…ちょっと待ってろ」
俺が行こうとすると、白亜が服のすそをぎゅっとつかんだ。
「…怖いのか?」
白亜は何も手話で示さずに下を向いた。
俺は白亜をそっと抱きしめると
「大丈夫だ、すぐ戻ってくる…だから待っててくれ」
胸の中でコクっとうなずくのがわかると、俺はそっと白亜を解放した。
まだちょっと名残惜しそうな顔を尻目に、俺は女子トイレに侵入した。
…
「改めて思うけど、ホント男子トイレとは構造が違うんだな…」
女子トイレに入るのはこれが初めてだった(って当たり前だろ…)
扉を開けると、すぐ手を洗う場所。入り口から3メートル行った辺りにトイレの個室が5個あった。
「見た感じ…何もないな…」
俺はとりあえず手前の扉から開けることにする。
「何もないな…」
2つめ…3つめ…と順調に開けていくと、ふと気づいたことがある。
「俺…今この場でもし他の人に見つかったら変態じゃね?」
病院内に変態と噂される…それほど恐ろしいことはなかった。
急いで4つめの扉をあけ、そして5個目の扉を開けた―――
「…!!!」
そこには女性の死体があった。
「…え?」
そこには女性の死体が―――。
「う…」
そこには女性の―――――。
「うわあああああああああああああっ!!!!」
女性の死体は、両手両足を壁に打ち付けられていて…さながら十字架に掛けられているようだった。