【第三話】波多辺結SIDE
「結先生……。私ここわからないんです。教えてもらえませんか?」
放課後、鈴の音のような綺麗な声に振り返ると、教室の入り口に浅田葵が立っていた。
テレビで見たことあるし今日も会ったけど、本当に可愛い。
白い頬に桃色の唇。
目はぱっちり二重で、長くサラサラの黒髪。
星麗学園のピンクのセーラー服が、とてもよく似合っていた。
彼女は小さな手で、数学の教材を抱えている。
「いいよ。どれがわからないの?」
私はにっこり笑って、供託から一番近い岡田さんの席に座った。
浅田さんも、私の向かい側に腰を下ろす。
そして教科書を開いた。
「えっ!?」
それを見て、私は思わず声をあげてしまった。
並ぶ数字の中に、たくさんのアルファベットが並んでる。
中学一年生レベルとは思えなかった。
「すごいね……!もうこんなの解いてるんだ!」
目を白黒させる私に、浅田さんは遠慮がちな笑みを見せる。
そしてその後、質問を挟みながら問題を解いていった。
「浅田さん、全問正解だよ!」
答えに丸を付けながら私が言うと、浅田さんはパッと顔を輝かせる。
その時突然、ガラガラッと教室の扉が開かれた。
「葵〜?」
のんきな声とともに、少年がひょこっと顔を出す。
日焼けした健康的な肌に、紺色の髪が特徴的な宮浜海斗だ。
彼もまた大病院の院長の息子で、いわゆる天才と先生方は言っていた。
「勉強終わった?」
「うん!今ちょうど……」
宮浜君の言葉にうなずいた浅田さんは、ハッとして私のほうを見た。
「私たち幼馴染なんです!だからっそのっ」
赤面し、両手を振り回して説明する。
私はなにも言ってないのにな。純粋って感じ。
「宮浜君は勉強しなくていいの?」
私は天才と知っていながら質問してみた。
「ま、なんとかなるっしょ」
宮浜君はそう言いながら、ぺカッと笑った。
浅田さんとは真逆で、太陽の陽だまりのようだった。
「あの、教えてくださってありがとうございます。私は今から馬のおけいこがあるんで」
「馬!?」
浅田さんの言葉をほぼ無視し、私は彼女の言ったおけいこ内容を大声で復唱した。
馬って……あの馬?
「浅田さんいくつ習い事してるの?」
馬やってるくらいだから、いっぱいすごいの出てきそうって思って、私は浅田さんに聞いた。
「えっと……」
浅田さんは右斜め上に目を向ける。
「月曜日に生け花、火曜日に塾とそろばん。水曜日に馬術、木曜日に塾、金曜日に剣道、土曜日に書道とそろばん、日曜日に剣道です」
……休みがない。
中学生の日常としてどうなのこれ……
「疲れたりしない?」
心配になって言うと、
「ストレスってことですか?」
と、キョトンとした様子で聞き返された。
うなずく私に、浅田さんはニコッと音が鳴りそうな笑みを見せる。
「大丈夫ですよ。学校でちゃんと発散して」
「葵!」
意味ありげな浅田さんの言葉に、宮浜君がするどい声をかぶせた。
普段のヘラヘラとした様子を思わせないほど怖い表情で。
しかしすぐにキュッと目を細めて
「帰ろう。はやくしないと遅れちゃうよ」
と笑い、浅田さんの白い腕を引っ張っていった。
浅田さんは天使のような柔らかな微笑みを浮かべ、
「さようなら」
と、言った。
二人の姿が見えなくなった頃、私は浅田さんの台詞を思い出していた。
あれはどういう意味なんだろう。
学校に来て友と会うことが、ものすごく楽しいということか。
だけど宮浜君の態度も気になる。
「明日……また聞いてみればいいか」
私の言葉は、暗い校舎にに吸い込まれて消えていった。