大人オリジナル小説

Re: 沈黙の後より -after episode- ( No.3 )
日時: 2012/11/10 19:51
名前: 世界 ◆hdwFu0Q9Eg

 観岸が職員室へと足を踏み入れると、普段と違うその様子に戸惑わずにはいられなかった。複数の警察官が教職員よりも活発に歩き回りながらやりとりをしている。中にいたほとんどの教職員が、今も警察官に事情を聞かれているようだった。
 その様子に、観岸は少し違和感を持った。現在はまだ、木条が自殺したという話だけしか聞いていないが、こんなにも警察官が動くものなのだろうか。

「観岸知也先生でしょうかねぇ?」

 少し年配の、刑事らしき人に声を掛けられる。観岸は答える代わりに、教職員の身分証明書を見せた。満足げに、彼はうなずく。

「ありがとうございます、話が早くて助かりますよー。私は間嶋と申します。見ての通り刑事です。さて早々ですが……こちらへお願いできますかねぇ?」
「はい」

 間嶋に誘導され、観岸は職員室横の応接間に通されることになった。その間、背後から間嶋の様子を観察していた観岸は、どこかくせ者のような感覚を、この間嶋から感じていた。刑事がどういったことをするのかよく知らないが、余計なことは答えないほうがいいかもしれない……。最近は冤罪などもよく問題になっている。強い意志を持って望まなければ。
 ところで観岸さん、と間嶋は、応接間の扉前で立ち止まって、わずかに顔を観岸へと向けた。

「先生に少しだけ聞いておきたいのですがねぇ。二組の木条君、死因はなんだと思います?」
「死因? 自殺だと聞いていますが……」
「もう聞いていらっしゃるのですかぁ。いや、そうじゃないそうじゃない、私が聞きたいのは……その理由ですよ」

 ふと、観岸は今の質問が何かを探っているような気がしてならなかった。こうして呼び出された原因など、すでに観岸が聞いているということはわかっているはず。その上で再度、このような形で聞くというのは……何を疑っているのだろうか。
 とにかく、刑事の質問に答えなければならない。観岸は素直に言った。

「わかりません。まだ何も聞いていませんし」
「先生、二年前は木条君の担任だったそうですねぇ。何か、気になることはありませんでしたか?」
「いえ、特には……これといって何か問題のある子でもありませんでしたし」
「そうですかぁ……いや、失礼しました。それでは入りましょう」

 嫌な表情だ、と心の中で観岸は悪態をついた。職業柄仕方ないのかもしれないが、まるで容疑者として扱われているような気分だ。また、間延びするような話し方も鼻につくものがある。
 間嶋と共に、観岸は応接間へと入る。そこにはすでに先客がいた。この中学校の校長……笹木と、三年二組の担任である西木渡だった。笹木校長は、少し疲れた顔をしながらもしっかりとした姿勢で椅子に座っていたが……。

「西木渡……大丈夫か?」

 普段の彼女からは考えられない様子だった。身体をぐったりと傾け、堅く握った両手は頭をかろうじて支えている。座っていなければ、今にも倒れるかもしれないほどに。

「お二方は少し休んでください。まだ拝見しなければならないことはありますが、まだ後ほどということで」
「わかりました」

 笹木校長は、西木渡に手を貸して立ち上がらせる。西木渡の表情を垣間見た観岸は、少しショックを受けた。相当に心に来ているのだろう。
 ふたりと交代するように、観岸は椅子へと座らされて、間嶋と、もうひとりそこにいた警官に話を聞かれることとなった。観岸のキャリアから始まり、木条の一年時の様子や成績、まわりの教師との関係など……とにかく、何か関連性がありそうなことから、まったく関係の無いことまで、質問は数十分にも及んだ。
 早く状況を確認したい観岸は、とにかく間嶋に隙あるごとに質問を投げかけるが、すべて「後でまとまり次第お教えします」と切り替えされるばかりだった。心底、イライラがたまってきていることを自覚する観岸は、とにかく早く終わらせようと、間嶋の質問には出来る限り端的に答えていた。
 虐めか、成績か、家庭問題か、受験へのストレスか……そんな問いかけるような言葉を、間嶋は観岸へと投げかけたが、すべて観岸が「わかりません」と答えると、何かを探るように間嶋はしばらく押し黙った。
 いい加減に、観岸にも限度というものがあった。

「……まだ質問を続けるのですか?」
「もう少しですよぉ、もう少し。すみませんがご協力をお願いします。これも仕事ですので」
「スムーズに協力したいのは山々ですが、こちらにも忍耐というのがありまして」
「ううむ……それでは、少しだけあなたの疑問にお答えしましょう。先ほど、木条君の自殺の原因についてお聞きしましたが、こちらでは疑っているものがありまして……」
「なんですか?」
「自殺関与や、あるいは自殺強要の線が上がっておりましてねぇ。つまり言うと、虐めの問題ですね。よくあることですからね、この年頃の子ども達には。先ほど彼のご両親に聞いたときも、微かにその線を臭わせまして」

 観岸は、何か返答する言葉が思いつかなかった。木条の両親がそういったことを訴えていると……。当然と言えば当然か。ご両親に原因が無ければ、最も考えられるのは学校でのトラブルなのだから。

「……それで、何か、そういった情報は出てきたんですか?」
「それが、まだそんなには。何より、担任である西木渡先生が何も話してくれなくて。いや、話せないと言ったほうがいいでしょうか。彼女は精神的に強いショックを受けているようで、今はまだ話せる状態ではないようですねぇ」

 確かに先ほどの表情を見れば、西木渡が異常な状態であることはわかる。だが、彼女は何か知っているのだろうか。虐めや、それに関する何かを見たことがあるのだろうか。観岸が知る限りでは、西木渡がそういったことを気にしたことは無かった。
 西木渡はまだ二年目で、キャリアも少なく若い。観岸と同じ学年の担任を、二年生、そして三年生と受け持ってきたところだった。生徒にも慣れ、また生徒も西木渡という人間を理解し始めた頃……。授業のやり方もまだぎこちないところはあるが、そう生徒からの評判も悪くなく、良い意味で真面目で、悪い意味で少し堅いところもあった。
 中学生という難しい年頃を持つことから、確かにもう七年目にもなる観岸にも、まだまだ問題はあった。成績や喧嘩、生徒の不良行為や、虐め、不登校など、どんなに気を付けても無くならないことがある。それでもある程度、観岸は対応を考えたり、順応してきたりして、ようやく問題を解決できるようになってきた。
 西木渡はどうか。彼女はまだまだ、生徒とのやりとりに慣れていない。時々だが、彼女のクラスの生徒が、何か問題を起こしているのも見たことはある。ただ、後で話を聞くと、何とかなったと西木渡は言うことが多かった。それを聞いて、観岸はあまり口を出さなかったのだが……。
 手に持ったメモ帳に、もう片方の手に持ったペンでトントンと音を立てながら、間嶋は首をわずかに傾けて観岸に目を向ける。

「観岸先生……西木渡先生は、クラスの問題を上手く片付けていたと思いますか?」
「なかなか解決できない問題もありますから、すべてとは言えませんが。彼女なりに、何かしらきちんと対応はしていたと思います」
「そうですかぁ……まあ、後は西木渡先生に直接聞くしかありませんねぇ」

 つまり、お前の話は何の回答にもなっていない……そう間嶋が言っているような気がしたが、観岸はこれ以上気にしないことにした。ここで何かを言ったところで、すべて予想にしか過ぎない。その予想が、後に西木渡を追い詰めるようなことになってはいけなかった。
 ようやく質問もすべて終わったようで、観岸は「終わりですので、出ていいですよ」とそっけなく退室を言い渡される。つまり、それ以上は何も答えられないという間嶋の主張でもあった。
 応接間から出た観岸は、腕時計に目を落とした。すでに朝の六時を超えていた。そろそろ、生徒側に連絡を回し始めなければならない。とにかく、今日はいずれにせよ休校の措置となるだろう。