「さて、こちらが採ることの出来た証言を、ひとまずお話しましょうかねぇ。まず、木条君の死因……いや、彼を自殺という結果に至らしめた原因ですが、どうやらやはり、虐めにありそうです――」
椅子に座るなり、間嶋はそう始めた。自分のメモした物のコピーを机の上に並べ、これまでにわかったことを、隣の相方と思われる男と共に順を追って説明している。
――木条悠斗が飛び降り自殺をしたのは、午前五時前。職員室もある正門近くに位置する特別教室の集まる校舎、その四階より飛び降りたと思われる。尚、飛び降りた位置は正門より少し横の職員用ゲート付近となる。そのおかげで発見が早期だったようだ。
第一発見者は、学校付近に新聞配達に来ていた大学生で、たまたま、何かが落ちるのを目撃し、そして木条が倒れているのを発見した。救急車が到着するまでの間、そう時間は掛からなかったはずだが、すでに木条は頭を強く打ち即死状態だったようだ。
基本的にこの校舎は深夜であれば各階を隔てる扉が鍵で締められ、外部からの進入は一切阻むことが出来る。今回も例外ではなく、外部からの進入の跡もなければ、夜の間に学内を廻る警備員も不審な点は発見しなかったという。つまり、木条は最初から校内にいた可能性が高いということになるわけだが……。
間嶋の説明に、東が口を挟んだ。
「待て、そうだとしたら木条は、ずっと家に帰らなかったことになる。そうしたら親御さんが奇妙に思うはずだが?」
「はい、実際に捜索願いは、深夜に出されていました」
「深夜? なんでそんな遅くに」
「クラブ活動後、木条君はそのまま学習塾へと行く予定だったようです。受験生ですからねぇ、普通のことでしょう。しかし、今回はその学習塾も欠席していたようです。無断欠席ということになりますが、今回はたまたま、その学習塾も欠席の彼の安否を確認しなかったようです」
故に、両親さえ木条の行方知れずに気づかなかったという。
その言葉に納得する東に代わり、今度は尾賀教頭が声を発する。
「彼は、クラブ活動には参加したのでしょうか?」
「現在は不明です。昨日の活動では、顧問が欠席しており生徒のみでの活動となっていたらしいじゃないですかぁ? その辺りを調べるには、同じクラブに所属する生徒に聞くしかないでしょう」
「では、どのタイミングで彼の行方が分からなくなったのか、まだ不明だと言うことですか……」
「おっしゃる通りで。終礼の際には、西木渡先生が彼の姿を確認したという証言がありますので、その後のことでしょうねぇ」
観岸は、西木渡の方へと視線をわずかに向けた。話に自分の名前を出されると同時に、弾かれたように顔を上げ、視線をさまよわせている。
原因については今後の調査でわかるでしょう、と間嶋は一度言葉を切る。
「もちろん目撃証言が少ないことから、私どもは自殺だけでなく他殺の線も追っています」
「誰かが殺したというのか?」
観岸は思わず口を挟んだ。間嶋は観岸を見て、首を横にゆっくりと振った。
「あくまで、証言の少なさから予想しなければならない可能性の話です。木条君発見後、校舎から誰かが出て行った様子もありませんから、おそらくは自殺であると考えています。ただ……」
「ただ?」
「彼を何らかの形で、自殺へと誘導した可能性は考えられなくもありませんねぇ」
直接的ではなく、間接的に木条を自殺に追い込んだ存在がいるかもしれない。もし虐めを考えるなら、その可能性も充分にあることだった。
「西木渡先生からの証言でしか確かなことは得られていませんが、彼女の言うことによれば、木条君は虐めを受けていた様子がわずかにだが見受けられたとのことです。具体的な内容は、まだ調査中なのでこちらからは述べることは出来ませんが……大人の我々が考えても、分かることは少ないですねぇ」
「……どういう意味ですか?」
「あくまで大人から見た印象ですからねぇ。子どもは難しいもので、昨日喧嘩していたかと思えば、今日になれば往年の付き合いのような仲の良さを見せる。あるいは、その逆もしかり……。昨日見た彼が、今日の彼と一致しないことは考えられます。我々が見ていないところで、彼は大きく虐げられていたかもしれない」
観岸も同意せざるを得なかった。子どもの心は変わりやすく、大人では到底考えられないような思考をすることもある。素直、率直であり、また疑り深くもある。そこから作られる人間関係は、我々では到底考えないようなものもある。それは観岸だけでなく、ここにいる誰もが分かっていることだ。
だが間嶋の言い方は、もはや虐めがあったことを確定しているようなものだった。
「生徒に一番関わっているのは、親と、そして同じく生徒です。むしろ学内のことだったら、生徒が一番よく知っているでしょうねぇ」
「生徒に証言を取るつもりですか」
「虐めをしていた子と、それに関わっていた子の情報を集めることは最優先です。そうしなければならないでしょうねぇ」
その言葉に、東が耐えきれないというように口を開く。しかしそれよりも先に、同じ思いを持っていた観岸が声をあげる。