「……さっきから聞いていれば、あなたは! 生徒すべてを最初から疑っているのか! まだ確実な証言は無いと、あなた自身が言ったじゃないか!」
「そうだ……我々教師側としても、最初から生徒を疑われるのは頂けない」
観岸と東の言葉に、間嶋はうんざりだというようにため息をついた。
「観岸先生、東先生……。実際に木条君は自殺しているんですけどねぇ。それに、こっちはきちんと目撃者の証言から裏付けを採ろうとしているのです。……最初から疑っているのと同じように、生徒すべてを何の根拠もなく信じ切るというあんたらも、同じことじゃないですかねぇ。私たちも仕事でやっているのですよ。多少、強引になっているようにも見えるかもしれませんが、きちんと原因を探らなければ、また同じことが繰り返されるかもしれない。そうなったらあんたら教師、生徒すべてを信じたあげくの責任は取れるんですかねぇ? 自ら死を選ぶまでに追い詰められた彼にどう言い訳出来るんですかめぇ?」
「それは……」
「まあいきなり、生徒をひとりずつ問い詰めたりはしませんよ。まずは先生方で学内アンケートを取ってもらい、そこから情報を集めることにしましょう。そのためにも捜査にご協力、お願いします」
軽く頭を下げる間嶋に、観岸は何も言い返すことが出来なかった。ここで口を出すのはあまりにも大人げないことだった。何も分かっていない以上、それぞれが何を疑うかは自由だ。観岸が生徒を信じるのも、間嶋が彼らを疑うのも……。
「……ああちなみに、校長先生や西木渡先生が病院へと向かったそうですが、どうでしたかぁ、ご両親の様子は」
「いえ、門前払いされてしまいまして。今は、会いたくないと……」
笹木校長がそう答える一方、西木渡は暗い顔をして視線を逸らした。その様子が気になったのか、間嶋は顔は正面を向いたまま、視線だけを西木渡に向けていた。
「無理もないでしょうなぁ……。仕方ありませんね。我々がまた、ご両親にも証言を取りに行きますので。それを介して、ご両親の主張もお教えしましょう」
「よろしくお願いします」
「また後日、我々も調査に乗り出しますので、再度言いますが、そのときはご協力をお願いします」
間嶋と、その相方が席を先に立って応接間を出て行った。観岸はどこか腑に落ちない胸の思いを、東と目を合わせることで確認し合っていた。……あまり、間嶋は鵜呑みにするべきじゃない。
残された観岸たちに、最初に声を掛けたのは笹木校長だった。
「いや……こんなことになってしまって本当に残念だ。私は、誰も責める気は無いが……とにかく一刻も早く、彼が死んでしまった要因を探し出しましょう。その上で、しかるべき対処を取るように……。一時間後、職員会議を開きますので――」
そう笹木校長が言うや否や、西木渡は先に部屋を出て行った。心配そうに扉を見る東に、観岸は肩を叩いた。笹木校長に一礼して、ふたりは先に部屋を出て行こうと――。
「観岸先生」
「えっ、なんですか?」
尾賀教頭に名前を呼ばれ、観岸はドアノブに掛けようとした手を引っ込めた。
「西木渡先生と仲が良いのはあなた方です。必ず、彼女から知っていることを聞き出してください」
何を……と言い返そうとした観岸は、その言葉を飲み込んだ。西木渡だって警察に何度も聞かれているはずだから、すべて知っていることは話しているはずだ。だが、尾賀教頭の目は、そうは言っていなかった。観岸を……いや、それよりももっと先を見るように、瞳は鋭く先を見据えていた。
返事をする代わりに、観岸は再び一礼して、東と共に応接間を出た。
直後、東が呟く。
「あの人は……なんなんだ?」
「疑うのも無理ない……あの西木渡の態度を見る限りでは。彼女も彼女で、やはりどこかおかしいところがある」
職員室を見渡す観岸だったが、そこに西木渡の姿を見つけることは出来なかった。警察は一度引いたのか、青黒い服はひとりとして居なくなっている。逆に、職員は朝に比べると増えているようだ。
会議までの時間、ふたりは西木渡がどこにいったのか探すことにした。とにかく、直接聞きたい事がたくさんあるからだ。間嶋の言葉よりも、彼女の言葉の方がまだ信用できる。あくまで直感的なことであるが、教員にしか分からないようなことはあるような気がした。
廊下を歩きながら、東は観岸の横へ並んで、言葉を投げかけた。
「どう思う?」
「何が?」
「西木渡は本当に、虐めを少しでも感じていたのか」
「西木渡はしっかりしているから、もしその気配があったとしたら放っておくようなことはしないはずだ」
何らかの対処はしているはずだし、それで解決できないとしても、緩和することぐらいは出来るだろう。しかし、毎日最後に提出する教師日報を見た限り、そういった事柄に関する内容を見たことはなかった。二年時、初めて担任を持った頃は、ほぼ毎日のようにトラブルに関して書かれていたのを記憶している。
……思えば、逆に不自然だったか。どんなクラスにも虐めのようなトラブルは、わずかにだが存在する。毎日とは言わないが、少なくとも週に一回……。3年、受験が関わっていることで生徒達にも自意識が芽生え、そういったトラブルを回避するようになったということも考えられるが、それにしても。西木渡の日報には、これといってそういったことがほとんど書かれていなかった。
「しかし、西木渡はどこに? ふらふらとしていると、それこそ怪しく――」
「東、そっちは頼む」
「おいおい、どこに行くんだ?」
観岸は階段の前で立ち止まって、上を指差した。
「四階か……」
「何か分かるかも知れないからな」
「わかった。じゃあ俺はあっちの校舎の方を見てくる」
クラス教室が集まる校舎へと歩いて行く東をしばらく見送った後、観岸は特別校舎の階段を上っていった。
四階の廊下の角、大窓の並ぶその場所には一本の黄色いテープが進行をふさぐだけで、取り入って変わった様子はなかった。ただ開け放たれた窓のひとつがその事実を示している。観岸は後ろを一度振り返ってから、テープをくぐり抜けた。
特に何かがあるわけではない。大窓には以前、落下防止用の柵が取り付けてあったはずだが、去年に老朽化によって落下の危険が出たので、外したようだった。夏休みには取り付ける予定だったが……。
その窓際へと近寄って、そこから下を見てみた。風が弱く吹き付ける。少し高めの場所に立てられた校舎の影響もあり、思わず一歩下がる高さだった。これでは助かりようがない……。しかし、無理やり落とされるような高さの窓でもない。自分でよじ登らなければ落ちはしないだろう。つまり、木条はやはり自分の力でここから落ちたことになる。
「殺人、という可能性はないだろうな……」
ふと気になった、廊下端に備え付けられた大きなロッカー。主に掃除用具を入れるためのものだ。ここを掃除する生徒は、ここのロッカーに入っている箒などを使用する。
なんとなく、その扉に手を掛けてみた。少し力を入れるが、開かない。よく見てみると、扉が曲がっているようで、それが歪みとなり引っかかっているようだった。さらに力を入れると、弾かれたように扉が開く。
中には特に変わった様子はない。箒が数本、ちりとりがひとつ……。これだけを入れるには、少し大きすぎるぐらいのロッカーだ。
この特別校舎に、夜の間は侵入することは出来ない。各階は鍵が掛けられるし、内側から開けば必ず管理室にサインが行く。しかしその兆候は無かったと行っていた。つまり木条は、最初からここにいたことになる。おそらく、このロッカーの中に。
先程力をいれたせいなのか、ロッカーの扉は非常に開きやすくなっている。もう一度扉を閉め、観岸は強めに、ロッカーの扉を蹴ってみた。再び扉は歪み、開きにくくなる。もしこの中にいたとしたら……外の様子が分からない故、開かないと分かれば閉じ込められたと思うだろうか。
ここの掃除担当クラスは二組だった。つまり、西木渡のクラスである。そうだとしたら合点がいくのだ。
こんなことに気づかない警察……間嶋ではないだろう。あえて言わなかったのか、それとも確証そのものが得られなかったから、言わなかったのか。
虐めの事実は、どうも否定できそうにない。あるものは、受け止めなければならなかった。