大人オリジナル小説

Re: 支配者のイス ( No.1 )
日時: 2012/12/09 14:22
名前: 和綯衣 ◆69mWoIayLg

それは、私の親友が突然不登校になってしまったことから始まった。



序章――『疑惑と困惑』



その日も、いつもと変わらない月曜日の朝のはずだった。
異変に気付いたのは、登校して教室に入ってきた、たった今の事。
普段なら、もうとっくに登校しているはずの私の親友が、今日そこに居なかったのである。

「はよ、国枝。今日は不二咲来てないのか?」

国枝、そう呼ばれて振り返ったのは私――私の名前は、国枝 明日香と言う。
不二咲というのが、私の親友、不二咲 美佳の事。
「……うん、そうみたい」
呼ばれた声にとりあえずそう応えてみたものの、なぜ彼女がいないのか、私には見当もつかない。
いつもなら、この時間にはすでに登校してるのに。
それにもし、休みだったとしても、携帯電話にメールが入っているはず。
だけど、今日はそんなメールも無い。
(もしかして、寝坊?)
そう思って、私はとっさに美佳の携帯携帯にコールをかける。

――Puruu…
――Pururu…

そして5回目の呼び出しの後。コールの音が途切れ、思わず美佳の名前を呼びそうになったところで、留守番電話サービスに切り替わってしまった。私は思わず苦笑を浮かべ、携帯電話の画面を見つめた後に通話を切った。
「どうしたんだ?」
先程の男子が、様子を察してか私の顔を覗き込む。
私はメールだけでも送っておこうと、携帯電話の画面と向き合いながら口を開いた。
「ケータイ繋がんないの。留守電になってるし……何かあったのかな」
「はは、心配しすぎだって。そのうち来るんじゃねーの?」
彼は軽い口調でそう言って笑った。
そしてその後に、間もなく登校してきた彼の友人と軽く挨拶を交わし、早速雑談を始めていた。

(…………うーん)
そう言われて、私は腕組みをして考える。
まぁ、確かにそれもそうだ。
今日はたまたま、登校が遅れているだけで、私の考えすぎなのだと――そう考えるのが妥当の事だった。
(うーん……けど、だけど何か……)

何だろう、この違和感。
その事に、素直に納得できないのはなんでだろう。

「ねぇ、駒田。アンタさ――」
私は、気がつけばまた彼に話しかけていた。
駒田、というのは、つい先程私に声をかけてきた、彼の名前だ。
楽しそうに談笑していた彼はこちらを向いて、「何?」と一言言って私の顔をまた覗き込んできた。
「あ、ええと…」
しかし私は、言葉を詰まらせてしまった。
何を言うか考えていなかったのに、とっさに呼びとめてしまったからだ。
でも、だけど、彼に、聞かなきゃいけない事がある気がして、私は口を開き――その刹那。

「おーい、駒田ー」

彼を呼ぶ声が、それを制した。
(!)
私たちが視線を向けた先に居たのは、一人の男子。

「お前、さっき西崎先生が呼んでたって、柏木のやつが」
「ッ!? しまった、そういやあ今日、補習の日だった!」
突然現れた男子の言葉に、駒田はハッとした表情を浮かべ、飛び上がる。
補習、そういえばこの時期、早朝から何教科かが補習授業を行っているらしい。
希望者と成績不良者が参加するそうだが、補習の事を忘れるくらいだから、おそらく彼は後者の方だろう。
彼は私の方に向き直ると、頭を下げてその前で手を合わせた。
「悪い国枝、その話また後で!」
「え?ちょ、ちょっと待っ――」
「今は無理!」
彼は私の言葉をさえぎり、ピシャリとそう言い張ると、慌てた様子で教室を出ていった。

「……明日香、あいつになんか話あったのか?」
と、駒田にそう言われ、ポカンとしていた私に、たった今彼と入れ替わりでやってきた男子がそう声をかけてきた。
その声で我に返り、私はその男子を睨みつけた。
「ちょっと悠士! タイミング悪いんだけど……」
「あー、悪かったって」
詫びいれる様子の無い口調でそういう彼は、私の幼馴染の、氷室 悠士。
かれこれ小学校入学前からの付き合いで、たまたま同じ高校に入学したのだった。
何だかんだっても、悠士とは学校でもそこそこ話す仲である。

「ところで明日香、さっきアイツに何聞こうとしてたんだ?」
と、不意にその時、悠士が腕組みをしながらそう私に尋ねてきた。
私の方を見据える彼は、なぜかニヤニヤ笑っている。
私は「何ニヤニヤしてんのよ」と彼に言い、それから少し考えた。

そういえば、あの時何で呼びとめたのだろう。
何か、聞きたい事があったはずだけど……
「うーん、なんだっけなぁ」
私がそう呟くと、なんだそれと彼は呆れた様子で鼻で笑った。
それに少しイラッとしたが、あえて何も言わず、ついでだと彼にこう尋ねてみた。
「あのさ、今日美佳見なかった?」
「美佳? ……あぁ、不二咲さんの事か。いや、見てないな。どうかしたのかよ?」
「んー、見てないか。実はまだ学校来てなくてさ、いつもならいる時間なのに。心配で」
私がそう言ってため息をつくと、彼はなだめるように言う。

「心配しすぎだって、今日はたまたま遅いだけだろ」

「うーん……」

――あぁ、悠士も、そう言うのか。
私は裏切られた気がして、思わずため息をついた。

(って、あれ?)
なんで、裏切られたなんて思ったんだろ、そう考えるのがやっぱ普通なのに。
「…………、まぁ、考えててもしかたないか」
私はそう言って、妙な違和感を抱えたまま、とりあえず朝のショートホームルームまで待つことにした。
















だけど、美佳はその日、姿を現さなかった。


Re: 支配者のイス ( No.2 )
日時: 2012/12/09 14:20
名前: 和綯衣 ◆69mWoIayLg

あっという間の放課後――
掃除を終え、一人廊下で携帯電話の画面を見つめていた。
「美佳……」
画面に映し出されていたのは、昼過ぎに届いた美佳からのメールだった。

美佳は、結局学校に来なかった。
担任も美佳が欠席するという連絡を受けておらず、結局なぜ彼女が休んだのかは分からなかった。
相変わらず駒田や悠士は「一日くらいで心配しすぎ」と言っていたが、このメールを受け取って心配しないはずがなかった。


【件名】ごめんね
【本文】
今日は勝手に休んじゃってごめんなさい。
私、これからは学校に行っちゃいけないんだ。
理由は、聞かないでほしいの。
ごめんね


……”これからは学校に行っちゃいけない”?
なんで? 来ちゃいけない理由なんて、無いんじゃん。
(もしかして、いじめ……?)
そう思った瞬間、私はハッとして首を横に振った。
いじめ? そんなのありえない。
この学校に限って、あの美佳に限って、アレを除いてそんな事あるわけないじゃない。



「だって、この学校でいじめられるのは、成績最下位の人間だけなんだもん」



7代前の生徒会長が、特別処置として取り決めた事。
それは、『成績最下位の人間は、それ以外の人間からの命令を拒むことはできない』というものだった。
聞こえは良いかもしれないが、噛み砕いて言うと『最下位の人間は、学校中からいじめられる』という事だった。

どういう経緯でそれが決められ、そして認められているのかは知らない。
しかし、現に今、その取り決めにより、最下位の人間以外のいじめ抑制の役割を果たし、この学校の学力が年々上がりつつある。
その事もあり、学校側はあえてそれを見て見ぬふりをし、黙認している。
それに、元の原因は最下位の人間にある。
最下位の人間がいじめられるという取り決めがあるのにも関わらず、最下位になってしまったのだから。

(優等生の美佳が、いじめられるはずがないじゃない)

それに、それ以外のいじめがあった場合、厳しく指導がなされる。
もともとこの学校は、いじめ問題に重い見方をしているため、最下位という特例のいじめ以外は、徹底的に排除している。
また、その意識は学校側だけでなく、生徒側にも存在している。


――最下位以外の人間のいじめは徹底的に無くさなくてはならない。

それが、この学校の、秩序を正すための、いわば正義のルールだった。



私たちは、それがおかしいとも、狂っているとも、思わない。
それは単純に、努力をしない人間に与えられる罰なのだから。



(でも、だったらどうして)
そう、だから私は納得できない。
なぜ美佳が学校に来れなくなってしまったのか。

(……分かんない)
私は必死に考えるが、それだけ無駄だった。
情報が少なすぎる以上、分からないものは分からないのだ。

「こうなれば、本人に直接聞くしかないよね」

私は自分にそう言い聞かせると、携帯電話をポケットに押し込んで走り出した。






序章――Fin