大人オリジナル小説

Re: そこに居たのは、 ( No.7 )
日時: 2014/02/17 13:38
名前: 杏香 ◆A0T.QzpsRU

「どうしたの? 早くボール取りに行こうよ」
 突然上から降ってきた声に、はっと我に返る。慌てて声の主を確認すると、凛ちゃんが私を心配そうに見つめていた。
 どうやら、私はまたぼうっとしていたみたいだった。
「ご、ごめん! 本当にごめん!」
 私は必死で凛ちゃんに謝るが、なぜか声が上擦ってしまう。それを誤魔化すように、私はわざとらしく視線をそらした。
 だけど凛ちゃんは、そんな私にも笑顔でこう言ってくれる。
「そんなに謝らなくていいよ! 気にしてないし。それより、早く行かないと!」
 凛ちゃんにとっては、何気ない一言かもしれない。でも今の私には、笑って許してくれる事が何よりも嬉しくて。こちらまで、自然と笑顔になってしまう。
「ありがとう、凛ちゃん」
 私は短く返答すると、凛ちゃんと一緒にボールを取りに行った。

「あーっ、また入んなかった!」
 そんな声が、あちらこちらから聞こえてくる。
 今はシュート練習の時間。ゴールめがけて、ボールがあらゆる方向から飛び交っていた。
 並んで1人1人シュートする、なんて面倒くさい事は誰もしない。いつでも遠慮なく、ゴールめがけてボールをぶつけていいのだ。
 そうするようさっき先生が指示していたし、実際に皆やっている。でも私は、未だに躊躇ってボールを投げずにいた。
 タイミングがよく分からない、というのもある。でも一番の原因は、この状況が怖いからだった。だってボールには当たりたくないし、他の人に当てたら大変だし……。それに何より、私はシュートが入らない。
 今までシュートを入れた回数は、片手で数えられる程。それでも、躊躇っているうちに時間はどんどん過ぎていく。

 このままではダメだ。練習しなければ上手くならない。下手くそだから笑われるんだよ!
 頭の中にそんな言葉が次々と浮かんでくる。私は必死の思いで、ゴールめがけてボールを投げた。
 でも私が投げたボールは、他の人が投げたボールよりもだいぶ低い位置で落ちた。
……予想通り、私はシュートを決められなかったのだ。その事を理解してすぐ、心の中で溜息をつく。

 私は人とボールを避けながら、ボールを取りに行った。だけど落ちているボールはたくさんありすぎて、どれが私の物か全く分からない。なので多分これだろう、という物を直感的に選ぶ。そして、私はまた練習場所に戻った。

 相変わらずシュートは決められなかったが、さっきよりはボールが高く上がるようになったみたいだ。下手くそなりにちょっと成長したんだな、と思うとやっぱり嬉しい。
 それでも上手い人達から見れば、下手くそだと思うんだろうな……。

 寒い廊下を、凛ちゃんと一緒に歩いていく。私はようやく地獄から解放され、安堵していた。
 それでも、今日はマシな方だったと思う。あのシュート練習の後は全て、試合の時間に使ったからだ。
 試合では何度も紗希ちゃんと清水さんがシュートを決めていて、本当にすごいと思った。私もあんな風に活躍してみたい、とも思う。
 その感情を認める度、私の中にある紗希ちゃんへの憧れ――それがどんどん深まっていくのが分かった。