大人オリジナル小説
- Re: サイキック! ( No.4 )
- 日時: 2019/08/26 12:35
- 名前: 宇目崎 ◆HvKWmbrNOQ
〈01/1〉
「悪魔憑きよぉ、悪魔憑き。今話題なのに、あなた知らないのねぇ」
香水の匂いを撒き散らしているおばさんが、嬉々とした表情で興奮気味に捲し立てた。しばらくの船旅だ。船着場に到着まで暇だし、他人の話に付き合うのも良いだろう。
でもまぁ、悪魔憑き……聞きなれない言葉だ。地方特有の言葉だろうか。サイキック探しに有力な情報かもしれない。もしかしたらサイキックとはなんの関係もない、もっと別の事件かもしれないが。
「……あー……最近この辺に来たばっかなんで」
「あらぁそうなの! それは大変ね! どこから来たの? ハンプダンプ……いえ、ロマンナウ……うーん、やっぱりヴェルネダーニャから来たのかしら?」
「あ、そうっすねー、そんなところです。……んで、悪魔憑きというのは」
苦笑しているつもりの笑みを浮かべるとそれとなく誤魔化し、おばさんの方をしっかりと見る。
おばさんは大袈裟に反応すると、口元に手を寄せた。おばさんが親戚のような語り口で有名所なのだろう地名を挙げているのを流しつつ、話の軌道修正を入れる。お喋りなおばさんの様だし、関係ない話をホイホイ聞いているとあっという間に時間が過ぎていってしまう。
「そうそう、ハールマン家の話ね。――でも、タダの噂で、本当かどうか分からないのよねー」
おばさんはにっこりと笑うと饒舌に話し始める。しかし、タダの噂なのよねーと話を締めくくると少々つまらなそうに頬に片手を添えた。
「丁度、この船の行先、ハールマン家が治めているらしい所だから、行ってみたら良いんじゃないかしら」
おばさんはそう言うと、両手を合わせて提案するように笑いかけてきた。まー、噂だけで情報の善し悪しを決めるべきではない。そっすね、と短く返しながら、腕時計に視線を落とす。おばさんの話で大分時間が経っているようだった。
そろそろ、船も停る頃だろう。
■
外は雨。それも、わずか数分で大きな水溜まりが出来るほどの大雨である。警報が発令されてもおかしくないほどの激しさだ。
「すっげー雨だなぁ……」
ボサボサ気味の黒髪が特徴的な小柄な女性は、チョコチップスクッキーを食しながら呟いた。この女性の名は天知 渉(あまち わたる)。馬来事務所に所属する探偵として働いており、よくチェック柄の羽織物を羽織っている。
「この季節にしては珍しいですよね。雨が降る前に、事務所に着いてよかったです」
天知と対面する位置に机を挟んで座っている少女が、バスタオルを手にしながら安心した口調で述べる。どこか困ってるような笑みを作っているこの少女は八日城 礼(やかしろ れい)だ。緩く作った二つ結びが特徴的な女子高校生である。休日平日問わず、制服を身に包んでいる。
現在、この二人は馬来事務所に居る。馬来事務所は見た目こそは一軒家だが、中身はれっきとした仕事場でそれなりの業績も積んでいる。また、巷では「何でも屋」としてちょっと有名だ。
「……でも、お客さん、大丈夫でしょうか? こんなに土砂降りだと、傘を差してもびしょ濡れな気が……風邪も引いちゃいますし。タオルは、用意してますけど……」
八日城は膝の上で手を組むと、不安そうな目付きで暗い窓を見つめた。窓には絶えず雨が打ち付けられ、時々激しい雷の音が鳴っている。雨は一向に止む気配が無い。天知は落ち着かない様子の八日城を一瞥すると、面倒そうに「大丈夫だろ」と吐き捨てた。
「でも……」
――ピヨッ! ピピピピピ ピヨッ! ピピピピピ
「……! なんですか、これ」
――ピピ ピヨッ! ピピピピピ ピヨッ!
もうすぐ来る依頼人を気遣っていないような天知の言葉に、八日城が頬を膨らませて反論しようとするのを、壁掛け時計が阻止する。雨音が静かに響く部屋の中、動物の鳴き声のようなチャイム音が数回繰り返される。今の状況に似つかわしくないほどほのぼのとした時計のチャイム音は、八日城の動きを封じるのに十分だった。
天知はチャイム音などさほど気にしていない様子で、ゆっくりとした動作でパソコンの傍にマグカップを置いた。天知がチラリと時計に視線を寄せると、午後三時を過ぎた頃だった。天知は自身の顎を撫でながら淡々とした声で八日城に命じる。
時計のチャイム音は天知が設定したものであり、依頼人との約束の時間に遅れないようにと早めに設定されている。
「そろそろ、依頼人が来る時間か。なぁ八日城、迎え行ってくれないか」
「えぇー、外に出たくないんですけど……わっかりました。行ってきますよ……」
八日城は不満を言うがすぐに天知の威圧に負けたのかそう言い、バスタオルを持ったまま立ち上がる。行ってらー、と天知は退室する八日城を見送りながら、パソコンのメールボックスを開いた。何件かメールが届いている中、既に開封しているメールを開く。
メールの送り主は加藤 美保(かとう みほ)。もうすぐ来る予定の依頼人だ。加藤から送られてきたこのメール自体は一週間前のものだ。依頼メールということは確かなのだが、肝心の内容がすっぽり抜けたように伏せられており、内容を要約すると“話がしたい”としか書かれていないのだ。いわゆる予約というものだろうが、中々奇妙なメールである。
天知はそのメールを数秒睨むように眺めるが、躊躇うことなくゴミ箱へとメールを捨てた。メールボックスに戻り他のメールも簡単に読むが、加藤からのメール以外にめぼしいメールは届いていないようだった。
「……不味いな」
天知は冷めつつある珈琲を一口飲み顔を顰めて呟いた後、クッキーを一枚頬張った。
数分後、靴下を派手に濡らしたらしい裸足の八日城が、長髪の女性を連れて部屋に戻ってきた。長髪の女性は肩にバスタオルを掛けており、髪を濡らしているらしくぽたぽたと雫を垂らしている。
八日城が「飲み物を用意しますね」と台所に消えると、長髪の女性は堅い表情を崩さないまま天知の正面に腰を下ろした。目を優に覆う長さの前髪の隙間から、緑色の瞳が天知をジッと見据えている。少し威圧を感じる人物だ。
「お前が加藤 美保か」
「はい……今日はお願いしたいことがあって……」
「おう。じゃんじゃん話せ」
天知は緑色の視線に負けじと見つめ返しながらそう問い掛ける。彼女の質問に、長髪の女性はこくりと深く頷いた。天知はパソコンのメモ帳を開くと、加藤に話を促しつつ笑いかける。
「……息子を、捜してください」
加藤はしばらく無言を通していたが、決心したように息を吐くと、消え入りそうな声で呟いた。緑色の瞳が不安げに少し揺れる。
「はぁ。……息子を捜す、だと?」
「はい。有り得ないことなんですが……私の息子が、この世界から消えたみたいに、突然姿を消したんです」
天知は気だるげに頬杖をつくと、呆れを孕んだ低い声で鸚鵡返しする。加藤は声に困惑の色を滲ませながら、頷いた。
天知は顎に手を当てると、考えるように視線を下げた。少なくとも息子を捜すくらいなら、そこらの探偵に依頼するよりも警察に突き出した方が早いだろう。
「消えたみたい、か……。それは、一体どういうことだ?」
「実は、最初警察に届出を出したんです。でも、警察は……『君に息子がいる事実なんて無い』の一点張りなんです。『良い精神病院を紹介しましょうか』まで言われてしまって……きっと妄想だって、思われているんです! 私は、嘘をついていません。なのに――」
「……加藤さん。一旦落ち着きましょう」
加藤は自信なさげに顔を伏せると、弱々しく震える声で話し始めた。次第に大きくなっていくボリュームに、八日城が制止の言葉を掛ける。
加藤ははっ、としたように顔を上げるとしどろもどろに謝罪を口にした。
八日城はココアが入ったマグカップを加藤の前に置く。マグカップからは白い湯気が立っている。八日城は加藤に微笑みかけると、天知の隣に立った。
「息子がいる事実なんてない……なかなか、冷たい返事だな」
天知は加藤の話をメモ帳に打ち込みながら呟く。天知は目を細めると、何かを考えるようにため息をついた。
警察はきちんと調べた上でそう言っているのだろうから対応に対して何の文句も言えないが、このままでは警察は使い物にならないようだ。加藤には息子が居た。だが、今は居ない。それも誘拐や家出ではない。加藤の話をそのまま鵜呑みにするならば、そういうことになる。どうやらただの人捜しでは無いらしい。
「息子のことを覚えているのは私だけで……夫も、息子のことを覚えていないんです。覚えていないというより、知らなくて」
「なるほど。じゃあ、その息子とやらを知っているのはお前だけなんだな?」
- Re: サイキック! ( No.5 )
- 日時: 2019/08/26 12:38
- 名前: 宇目崎 ◆HvKWmbrNOQ
〈01/2〉
「お前の息子はちゃんと見つかる。安心しろ」
天知の力強い言葉に、加藤は目を見開く。加藤は瞳の奥に嬉しさを宿らせるが、すぐに堅い表情で天知を見つめた。
先程までの僅かな会話だけでこうもはっきりと断言する天知に加藤は微かな不安を覚える。やり方は違えど警察と同じなのではないか。さっさと面倒事を片付けたいだけではないだろうか。そんな感情が過ぎるが、なんとか振り切る。
「そう、ですか。……あの、この手紙……受け取ってくれないでしょうか」
加藤は平坦な声で述べつつ、一通の白い封筒を鞄から取り出す。封筒の口を赤いテープでしっかり閉じており、一度も開けられていないような状態をしていた。だが、肝心の封筒は触ってみると雨で酷く濡れていることが分かる。紙がジトッと張りついている感じに顔を顰めつつ、天知は白い封筒を受け取った。
「これはなんだ?」
天知は封筒を裏返したり光に透かしてみたりしながら、問い掛ける。中には何やら四角いものが入っているようだが、何かとは断言しきれない。
「息子の写真が入っています。少し驚かれるかもしれませんが……」
「ふぅん、写真か。一応、預かっておく」
加藤はおどおどしくそう告げれば一口分残っていたココアを飲み干した。天知は貰った封筒を何気なくパソコンの傍に置いた。
「……息子のこと……よろしくお願いします」
窓を見ると、雨は上がってきていた。どんよりした雲が少し少なくなってきたように見える。
加藤は深々と頭を下げるとそう言い、静かに部屋を立ち去る。加藤の肩に掛かっていたバスタオルは、加藤が座っていた椅子の背もたれに掛けられていた。
「天知さん、本気、ですか?」
加藤が去って数分後、八日城は眉間に深い皺を刻みながら問い掛けた。顔が「根拠の無いことを堂々と言って」、と呆れを語っている。
「本気に決まってるだろ。やることが一緒だからな」
天知は冷めきったコーヒーを飲み干しながら、自信満々に話す。やはり冷めたコーヒーは不味いのか、僅かだが顔を顰めている。
「は、はぁ、やることが一緒? わ、私たち? どういうことですか?」
「なーにとぼけてんだよ。どう見てもサイキック絡みの話だろ? 比喩表現なしで息子が“この世界から消えている”」
天知は指先で机を叩きながら至極当然のように話す。そして流れるように、怪訝顔を浮かべている八日城を大きな瞳で見上げた。天知は一度顎を摩ると、ピンと人差し指を立てた。
「サイキック……ですか?」
「そーだ。今回は特殊な事例だな。この世界から、別の世界に行ってしまったパターンだ」
サイキック。それは、異能力と呼ばれるものだ。天知曰く全ての人に与えられた“特異的な体質”のようなものである。しかし、サイキックの詳細は明らかになっていない上、ほとんどの人がサイキックを自覚していないことの方が多い。そのため、世間では都市伝説とまとめられることが多々有る。だが、サイキックについて根気よく調べる学者もいるのも事実である。
「この場合はなるべく早く助けないと、助からないことが多い。元の世界に帰れなくなる可能性が大きいからな」
「別の世界って……第二世界、とかにですか」
八日城の問いかけに天知は「ああ」と頷くと、先程の封筒をビリビリと破いた。雨で濡れているため、封筒の一部はティッシュのごとくちりくずへと化した。
第二世界とは、天知たちが生活する世界とはまた別の世界である。世界とはいわゆる一つの箱のようなものであり、その箱が一つ一つ並んでいるだけに過ぎない。しかし箱は脆いためたまに隙間が生じ、ごく稀に別の世界の住民が他の世界へと行ってしまうことがあるのだ。天知たちが暮らす世界を基準に、既に観測されている世界は名前を付けられている。現在は、天知たちが暮らす世界を含め七つの世界が観測されている。
「そんで、この状況を裏付けるのは、この写真だ」
天知は一枚の写真を八日城に見せるように呈示する。八日城は怪訝そうな顔つきで写真に目を向けた後、分かりやすくギョッとして目を見開いた。それもそのはずである。例の写真には一人の少年が映っているが、少年の顔だけくり抜かれたように真っ黒になっていたのだ。顔以外は普通の写真と変わりなく鮮明に映っており、気持ち悪さやアンバランスさを掻き立てていた。肝心の顔が分からないようでは、人捜しなんてなおさら無理の筈である。しかし天知は、写真の状態に既に予想がついていたらしく然程驚きもしない様子であった。
「顔が、ないですけど……」
「そうだな。顔が無いし、写真のこいつを捜すのは無理ゲーでしかない」
少し気持ち悪そうに、声をひそめて八日城は呟いた。写真を見たくはないのだろう。そっと写真から視線を逸らしつつ、チラチラと天知の様子を伺っているようだった。
「だが、こいつがいる世界、いわゆる第三世界に行けば、こいつの顔が分かっちまうんだよ。写真のこの穴が無かったかのように埋められちまうんだ」
天知は八日城に例の写真を向けたまま、ペラペラと滞りなく話す。天知が遠慮なく垂れ流す言葉はついさっき初めて封筒を手にし、写真を見たにしては知りすぎている程の情報量である。それはまるで誰かに事前に話を聞いていたかのような周到さが混じっているようであった。
「つまり、いつもどおり世界探検に行けば事は済むんだよ。サブクエストで人捜しを頼まれてるだけでな」
天知はそれだけ言うと、写真をくしゃくしゃにして懐にしまい込んだ。
八日城は眉を寄せながら「そうですか」と短く返事を返すと、先程まで加藤が座っていた椅子に腰を下ろした。じんわりと確かな湿り気が背もたれ部分から感じられる。
「ま、なんでこいつが第三世界に行ったかはまだ不明だが……恐らく、同じサイキックを所有してたんだろう」
「ああ、えっと……同じ“種類”のサイキック同士は、惹かれ合うんでしたっけ」
「ああ。仮説が本当だったらの話だけどな」
サイキックには種類というものがある、という仮説が存在している。サイキックの種類にはABCの三つが存在し、同じ種類のものは共鳴し惹かれ合う特性を抱え持つ。同じ種類のサイキックを連続して発動すると、複数のサイキックによる多大な影響が見込めるという。サイキックの内容に寄らず、種類はランダムに決められているのも一つの特徴とされている。サイキックの内容に寄らず、種類はランダムに決められているのも一つの特徴とされている。
「で、多分だが......こいつはサイキックを自覚していた」
「......それはどうして――あっ」
八日城は天知の言葉に疑問符を浮かべるが、すぐにハッとしたように一際大きな声をあげる。そして、答えあわせをするかのように口に出した。
「サイキックを自覚すると、惹かれ合う力が強まる......?」
「ああ。世界を飛び越えて、同じ種類に惹かれるのは、そうとしか説明がつかない。と私は思う」
「じゃあ、加藤さんの息子さんは、サイキックを自覚したということですか?」
八日城の言葉に大きく頷いた天知は、焦りを滲ませた表情を浮かべる。天知は顎に手を宛がいながら、「それと同時に、別世界の誰かがサイキックを自覚した」と静かに付け足した。
しかし、そこで八日城は不思議そうに首を傾げた。世界と世界の壁を越えても、サイキックを自覚した同士が強く惹かれ合うなら、こういった事態は何度も起こっている筈だ。全体的に見ればサイキック自覚者の割合は僅かだが、確かに存在する。それは、この世界だけに限った話ではない。しかし天知は、はっきりと「今回は特殊な事例である」と主張していた。
「でも、自覚しただけでそれだけ強く惹かれ合うものなんでしょうか?」
「......そこまでは分からないな。惹かれ合うものが種類以外にもあるんだろうよ、ABCの中の、Aの種類はAだけじゃなくて、A'とA"まであるって感じでな。この辺は研究中だからな、難しい」
八日城の疑問を受け流した天知は、デスクトップに表示していたメモ帳を閉じた。未だ疑問符を浮かべる八日城に「サイキックはまだまだ謎なんだよ」と仕方ないと言いたげな声色で述べた。八日城も無駄に食い下がる気は無い。「そうですか」とポツリと呟くのみだった。
サイキックはまだ世間に深く浸透していない。サイキックが世間にとって“都市伝説”ではなく、“事実”として当たり前になれば、今の状況は大きく改善されるのだろう。
「......さーてと、これは明日から忙しくなってくるな」
ググーッと凝った体を伸ばすように背伸びしながら、天知は言った。
「ですね。私も、旅行に行くって学校に連絡しないと......」
「学生は大変だな」
天知はそういうとカラカラと笑った。
別世界に出かけて、依頼人が捜している人を助ける。何も知らない人から見れば、空想に溺れたような言い種である。だが、これは確かに現実で起こっていることなのだ。