大人オリジナル小説
- こんな世界で迷ってみたり
- 日時: 2011/04/10 14:01
- 名前: ―――――――――謎者―――――――――
◆◇
中二病、というやつなのだろうか。
僕は長袖の服を着ている場合、大抵シャープペンシルを左腕に隠し持っている。
なぜか?
どこにいるのかわからない、存在が定かでない敵≠ニ戦うためと、それと書くものに困ったときのためのつもりだ。
自分でもそのことはバカだと思うし、それを後悔したことだってある。
でもまあ、僕は容易く幸せになれる日本人だ。
悔やんでばっかだけど、幸せだらけに埋もれているのだから、悪い気はしない。
ちょー幸せって瞬間が、いっぱい過ぎるからね。
◇◆
中学三年生になって「うわぁー、このクラス友達いねーんだけどー」なんてシチュエーションじゃないにしろ、いろいろと納得できないところもあった。
進級し、新しく一緒のクラスになった殆どは顔見知り。向こうにどう思われてるのかはしれないが、こっちとしては心底忌々しいと思ってるわけでもないので、別に感想と言われても特にない。せいぜい「嫌いなやつじゃなくてよかった」くらい。
しかしながら、クラスには当然嫌なやつもいて。
大変、うるさかったりする。
ハゲ。
なんの捻りもなく、そいつ――三輔加榁(みのぼかむろ)はハゲなのだ。
「は? おめえ調子乗ってんじゃねえし」
しかも、定番の「それしか言えねえのかよ」な台詞もなんの冗談もなく素で遣う。……まあ、ここはハゲとは全く関係ないのだけれど。
髪がただない、というわけでなく、旋毛の辺りに五百円×二倍ほどハゲができているのだ。ハゲである。
さらに、ここぞとばかりに加榁(かむろ)なんて名前してるではないか。
わかるか? 加榁=かむろ=禿=ハゲである。即ちハゲなのだ。
さておき昼休み。
昼食も終え、午前中の授業で疲れた僕は、読書に勤しんでいた。
そこに、突如ボールが飛んできて僕の顔面に衝突。「謝ってくれたら許してあげる」とまで言ったのに「は? おめえ調子乗ってんじゃねえし」と返ってきた始末。
投げてきたやつはハゲだった。
現状報告は以上である。
「……調子には乗ってないよ? たださ、教室はサッカーボールで遊ぶための場所じゃねえと思うんだよね、僕」
「何偉そうに言ってんだし、キモ!」
そうそう。
僕の顔が気持ち悪いかなんて話はさておき、三輔は実に醜い風貌をしている。
なんというのだろうか。ヘタクソな漫画家が描いたような細いのっぽ、いや、それこそ気持ち悪いぐらいに手足のバランスがおかしい。細くて長過ぎなのだ。世辞にも「背が高くて細身の人ってカッコいい」レベルではない。それはもう、キモい、と一蹴できるくらい。
身体だけじゃない。顔なんてもう、タコみたいなので。丸く膨らんだタコを連想させる唇、見ただけで意を介しそう図々しい眼差し、言うまでもなく頭はタコみたいで……
こう、気持ち悪いのだ。
「…………そうだね、僕は気持ち悪いね。だから外行けよ。校庭で青春を謳歌してこい」
「宇宙人の言ってることなんてマジわかんねえし。ボール返せ」
と。
三輔はそう言って、僕の手からボールをぶん取った。
時間を無駄にしたなあと自分の席に戻って、そして気づいた。
僕って成長した、と。
昔なら、間違いなくシャーペンを相手の顔面に突き立てていたくらいのことだろう。それとも歳のせいで何もかも億劫なだけか。
というか、シャーペン出すとかどんだけ発想が恐ろしいのだろう。殴りかかるより致命的でグロテスクだ。幼稚なだけであることを祈る。
――とまあ。
頑張れそうな気は、耐えられそうな気はしていたのだ。
若いうちって、そういう根拠のない何かが信じられるじゃん?
◆◇
忍耐が持ち堪えられないことも、まあ、ある。
だから、根拠のない――それこそ自分の忍耐を信じるだなんてバカだったと思う。
僕は全然子供だ。
我慢できないことくらい、ある。
――最初、何が起きたのかさっぱりわからなかった。
冷たくて、重いなって。
それだけ思ったけど、それだけを思おうとしたけど、やっぱりそんなことはなくて。
掃除の時間だった。
廊下を雑巾で拭いていたら、ばっしゃーん、と。
少し息苦しくなって、急に背筋が震えて、重くて。
「あ、悪ぃ悪ぃ」
と。
嫌な声がしてその方を向けば、三輔がいて、バケツが床に転がっていた。
廊下には水拭きしたくらいじゃ残らないだろう水溜りができている。
何? コノ状況?
まさか、あれぇ、じゃあねえよな。
バケツいっぱいの水をぶちまけられた……とか。
ははっ、ははは。「はは、はははっ」
「うわこいつ笑ってんだけど、マジキモ、汚ッ、臭ッ、もっと水かけねえとだめだな」
三輔が言った。
周りのやつがケラケラ笑う。
まさか、な……そ、んなわけねえじゃん。「ははっ……」
漫画の読み過ぎだぜ落ち着けよ僕何考えてんだよここぁびびるこたぁねえぜ考えてもみろよ普通にあるわけねえだろこぉーんなショボイいわゆるいじめがそうそうあって堪るかってんだよ誰か一人くらいお優しい偽善者な子がいるでしょもしそうだったらそういう子が助け手くれるはずだからこれはまた違う何かだそうに違いないぜ僕ぅそーだよそーだよそーだよなここは落ち着いて――
ばっしゃーん……
ばっしゃーんて何? 効果音? 擬音語だっけ擬声語だっけなんだっけ? ばっしゃーんて何? 何? 何?
とか思いつつも、またもやバケツいっぱいの水をぶちまけられた。
一瞬息苦しくなって、重くなって冷たいて感じて。
うん、僕、やばい。
やヴぁい。
やヴぁーい。
怒っちゃうかも。
いつも左手の裾に隠しているシャーペンはすとんて落ちました。どうしましょう?
刺しましょう、ハゲに。
「…………ははっ、はははっっ、ぁっぁっぁっぁっ……ぁぁ、ああっっ――――ァァあァああああぁぁぁあああああああああぁぁぁあああああああああああああああああぁぁぁぁあああっぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁああああああぁぁぁあああぁぁあああああぁぁぁああああぁぁあああああああぁぁぁああああああぁぁぁああああぁぁあああああぁぁぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ―――!!」
僕は立って、地面を思い切り蹴り、左手のシャーペンを振り翳し振り下ろし――
――ザクッ、て音がしないシャーペンがつき刺さったのは、ハゲじゃなくて、違う女子の腕だった。
え……。「あ、ああ」
「っ痛………っぅ………ぐぐ……ぁ、ぁっ、」女子が泣きそうに言う。「だめ、……だよ。せっかくいままで耐えてきた、んでしょ? こ……ん、なところで、内申悪くしちゃだ、ぇだよ」
なんだよ、……それ。
「なんなんだよォォォ…………――ッ!!」
その後のことは、かけつけた体育教師にぶん殴られた痛みや、髪の毛掴まれて引きずられた痛み、廊下に溢れる同級生の冷たい視線さえうろ覚えで、感想を述べろと言われても、安直な回答すら出せない。
なんでだっけ?
ああ、そうだった。
これ終わったら自殺しよう、って思ってたからだ――。
◇◆
……さすが家族、といったところか。
僕が家に着くや否や、金属バッドで殴りつけ失神させ、両手両足をガムテープでグルグル巻きにし、適量の睡眠役を飲ませてきた。
だからこうして僕は、生きている。
口には布みたいなのが押し込まれている上、ガムテープで押さえられている。舌を噛んで自殺、なんて言うのも想定されてるっぽい。
……さすがは家族、といったところか。
僕がシャーペンぶっ刺した女子は、床野始生(とこのはじめ)という名前のやつだった。
知り合いの評判を聞くところによれば「不思議ちゃん」のようで、しかし電波な感じじゃないそうだ。
あの様子を見るに、全然電波だったけど。
それがどうしたかのかといえば、僕は今日も潔く学校にきてしまって――
嘲笑の視線、冷やかしてくる不良、うぜえハゲ。
でも実のところ、そんなことはどうでもよくて
床野に謝って謝って謝って謝って、むしろ迷惑なくらい謝ってから死のうと思う。許してくれようが、そうでなかろうが。
腕にシャーペンささったくらいで学校は休めないんだとか。申し訳ない話である……。
しばらくして、床野が教室にやってきた。
「――やあやあやあ柚吊(ゆづる)くん、おはよだよ。ここのところいい天気じゃないねえ。それになんか友達の話にもついていけなくてさぁ。あ、なんかいい曲知らない? 感性とかはこらから磨かなきゃいけないんだけどさっ、ウチっち音楽好きの端くれでして――」
……。
なんというか……
自分で言うのもなんだが、ポカンてしてしまったと思う。
はじめんとこの。
はじめ、とこの。
とこの、はじめ。
床野始生。
こいつの名前の由来は定かでないが、なぜだかこんな感じな気がしてならない。
背丈は僕より少し上。顔は小動物的な印象を受けるような目鼻立ちで、髪は地毛で茶髪だった。なんか色素どーのこーのの病気らしい。
面識は殆どない。男子の人気はそこそこ。帝王振ってるガングロな女子よりかはクラスの階級では上だそうだ。すんげえやつを刺しちまったものである。
ちなみに僕の名前は柿干柚吊(かきぼしゆづる)といい、いきなり下の名前で呼ばれる筋合いは床野にない。
何が「やあやあやあ柚吊くん」だ。
わけわからん。
ほんでまあ、床野がハゲを護ったのが腑に落ちないわけでもないというのに、何かしら違和感を覚える。
なんなのだろうか。
授業が全く頭に入らず、殆ど放心状態でぼぉーっとしていた。
いつの間にか給食の時間で、ほんでもって気がつけば昼休みだった。
「やあやあやあやあやあ柚吊くん、死んだ魚みたいな目ぇしちゃってどぉしたのさっ!」
床野が話しかけてきた。「まあ昨日は確かに散々だったろうけどさ、よかったじゃん。これといって実害もなくて。内申には響かないって先生ぇー行ってたし」
巻いた包帯が赤黒く汚れている手の拳を突き出し、親指を立てた。ニカッ、て白い歯を見せてくる。
…………。
謝らなきゃ、と思った。「ぁ……床野、昨日は――ヴぉづぅッ!?」
――殴られた。
当然の反応にしては遅過ぎる。先ほどの「やあやあやあ」も嫌味があった風でもないし、本当になんなのだろうか。
「……ぅ……ぃぁ」
「なぁにしよぉとしたのかな柚吊くぅーん? 謝られる筋合いなんてないつもりなんだけど?」
すごまれた。
謝られる筋合いはない――「話しかけてくんな」という意味合いなら納得できるが。
しかし、……この場合はなぜ?
いい意味でか? いやいやいやいや、殴られる必要ねーじゃん。
僕はなんと言ったらよいやらと悩み、沈黙を続ける。
「いいかいキミぃ、ウチっちはだねえキミぃ――」
「あのハゲを護るために、シャーペンに刺さりにいった?」
「そうそう、あんな綺麗なハゲ頭が危険に晒されるなんて――って違う!? 全っ然違うッ!!」
ノリツッコミみたいな感じだ。「誰があんなハゲを護ろうとすんの!? あいつの友達だって動こうとしなかったのに!?」
俗に言うツンデレってやつだろうか。僕にはいまいちわからない。
まあそうでなかったところで、狂気に突っ込んでくる理由がわからなかった。あのハゲを護る以外にどんな意図があったというのだろう。
少なくとも、僕には邪魔だった。
「違う? じゃあ理由を聞かせてくれる前に謝らせてもらおうか、すみま――うぐぇ……!?」
突如、腹部に何かが減り込む感触と吐き気が僕を襲った。見ると、床野が殴ってきたようである。
ようである、っていうか、なんの捻りもなくそうしてきたのだけれど。
「……ぅ、ぅぅー……」
「まあ落ち着けぃ!」
何しやがる。「……ぐぅ……ぁ、落ち、着き、まひ、た……」
「よし、いいだろう。――とゆことで柚吊(ゆづる)くん、謝られる筋合いは本当にない。キミは悪くないし、むしろ謝らなければならないのはウチっちの方だわさ。申し訳ない面目ない不甲斐ない」
不甲斐ない……にはごめんなさい的意味はないのだけれど、あえて指摘せず、僕は「全くだこの野郎」と憤りを見せた。
「本当にごめん。……いやでもほら、進級してからの短期間で随分ないじめがあったけどさ、柚吊くん我慢してきたじゃん」
「例えば?」
「消しゴムの欠片たくさん投げられたり、靴隠されたり、画鋲で刺されたり」
「…………」
「ちゃんとウチっちは見てましたよぉ?」
「…………」
◆◇
Page:1
- Re: こんな世界で迷ってみたり ( No.1 )
- 日時: 2011/04/14 18:57
- 名前: 謎者
上げ
Page:1