大人オリジナル小説

JOHN SMITH
日時: 2014/09/25 12:37
名前: TAKE

 やあどうも。あんた、フリーライターか? ――ああ、専属なのか。そりゃ失礼。
 いやな、何年も前のオチも薄い話を聞いて、今更記事にするなんて変な話だと思ってな。

 えーと……俺はコーヒーでいいや。あんたは? はいよ、それじゃコーヒー2つね。
 早めに済まそう。帰ってオプラ・ウィンフリー・ショウ見たいんでね。――ん? ああ、好きだよ。金持ちのセレブ同士がトークしたり、権力を揮って一般人にサプライズしたりってだけだが、あの番組は誰もが幸せな気分になれるじゃないか。何だ、俺の事とんでもない冷血漢だなんて想像でもしてたか? 確かに最初は刑務所の看守って仕事に憤りを感じて、囚人にストレスをぶちまける事もあったがね。グリーンマイル見て仕事に誇りを持てたクチだ。
 始めに訊いとくが、あんたのとこの記事、マユツバ臭いゴシップが載ってたりするだろ。今日話す事はちゃんとその通り書いてくれるんだろうな?
 ――約束だ。もし何か脚色している節があれば、訴えさせて貰うからな。……それじゃあ始めようか。

 俺は北部で3番目ぐらいにデカい刑務所に勤務していた。広い敷地でな、移動するのにゴルフカートでも欲しかったもんだ。
 当時、そこにはある死刑囚がいた。連続幼女暴行殺害ってので、7歳から13歳までの少女8人を犯した末に殺したってイカれた話なんだがね、その死刑囚はずっと「やってない」と言い張っていた。しかし彼にはドラッグの前科があり、6人目の被害者が出た現場から立ち去ったところを目撃されている。状況としては不利な位置に立たされ続け、彼が潔白であるという証拠も不十分だった。それで結局のところ、検察はこの件に於いて判決を勝ち取ったそうだ。

 裁判が終わって、あいつは絶望のどん底に居た。俺が房の前まで歩いていくと、あいつは話しかけて来たんだ。
「なあ、俺は……違うんだ、やってないんだよ。あの時は本当に、6番街で少女の死体を見て、ビビッて逃げただけなんだ。そこを見られたのも分かってた。だから通報出来なかったんだよ。……なあ、分かるだろ? 俺がやったのは唯一、ドラッグだけだ。それだって2年前にはすっかり抜けた。平和に暮らしてたんだよ。なのにこんな事ってあるか? 一体どれだけいい加減な捜査をしたんだ」
 直感で彼の言っている事が真実だと思った俺には、親心の様な心が芽生えていた。そいつは苦しいもんだったよ。
「今時の市警ってのは、流れ作業の感覚でしか事件を扱ってないもんだ。ファイルの中の文字が世界の全てだと捉え、人権なんぞは無視だ。その分お前が持つような感情の皺寄せが、こっちに来ちまうってもんさ」
「分かってんなら、あんた何とかしてくれないか?」
「無理だ。ただの一看守に裁判での発言権は与えられん。ましてや連続猟奇殺人の容疑者を弁護する側になど、断じてなれんさ」
「……こんな理不尽な事ってあるか」
 
 警官てのは、俺らからすりゃ精神的に随分楽な仕事だよ。似たような制服着てるってのに、犯人を扱うその部分なんぞは真逆だ。
 そういやモロッコかどっかの警察の話を聞いたんだがね、ありゃ酷いもんだ。家族の飼ってるヤギを狙うジャッカルに向けて子供が撃った弾が、偶然近くを観光していた外国人に当たって重症を負わせてしまったんだがな。警察は問答無用でそれを故意だと見なして、逃げる子供の背中に向かって4人がかりでライフルをぶっ放したそうだ。それに比べりゃ、まだこっちの方がマシなのかね。

 やっと来たよ。コーヒーぐらい、もうちょっと早く出して欲しいもんだがね。……おい、砂糖が無いじゃないか。
 ――まあいい。健診で糖尿に注意するよう言われたばかりだしな。

 さて、本題に入ろう。
 その頃、珍しい出来事があった。
 映画監督のローランド・クーパーが訪ねてきて、囚人を起用したプリズンものを撮ろうという企画を持ちかけたんだ。冤罪で捕まった男が囚人と交流を深めてゆくヒューマンドラマでな。――そう、ショーシャンクみたいものだな。
“主は裁きを下す。いずれ間もなく”……この言葉はあまり好きじゃないが。
 もちろんその映画を見たから、今日ここへ来たんだよな? エンドロールを見りゃ分かると思うが、上から4番目にジョン・スミスとクレジットされているのが、お探しの彼だ。ハリウッド映画の常套手段で、名前が出ちゃまずいスタッフや脇役のキャストに当てられる偽名さ。今回のように、主役級の奴にそれが使われるケースはおそらく初めての事だっただろう。

 所内の管制室で、NY市警も交えた会議が行われた。
「私がこの企画を通して期待するのは、囚人の更正の促進です。一つの作品を作り上げる為にチームワークを築くという行為は、社会復帰後の生活に必ず役立つでしょう。演技の優秀な者は、俳優として今後の人生を保証出来る可能性も大いにありますしね」そう彼は言ったんだ。
 確かにその考えは一理あった。その時は、重罪人の集まる棟を廻ってる俺には関係無い話だと思ったんだがね、その企画がウチで受諾されてキャスティングをしようという段階になって、なんとクーパー氏は例のあいつを準主役に選んだわけだ。
「こいつは死刑囚ですよ? まともに演技なぞ出来るとは思えん。それにあなたの言う囚人の更正に役立てるという考えにも当てはまらんでしょう」市警の警部がそう言った。
「彼の顔は、私の考えるキャラクターにピッタリ合う骨格をしてるんですよ。さぞカメラに映えるでしょう。それに、彼は冤罪かも知れないという話を聞いた事があるんですがね……。もしそれが本当なら、主役にしても良いぐらいだ。そうは思いませんか?」
 警部の表情が凍ったのが見えたよ。ムカつく性格だったんで、ちょっとスカッとしたね。
「まあ、候補者とは実際に言葉を交え、オーディションを通して使えそうな者を選びます。その中に彼を入れるのには、異論無いですね?」
「ああ、まあ……」
「よかった。それでは、また来週に」
 次の日から、あいつは理由も無く懲罰房に入れられた。死刑囚を映画に出そうともなれば、面目が丸潰れになると考えたんだろう。クーパーの気に入っているという顔はやつれ、幾つか怪我もしていた。あいつが棟に戻って来た時、俺はしばらく目を合わせられなかったね。

 予定通り、次の週から面談が始まった。だいたい7人に1人ぐらいの割合で採用されていったんだが、あいつの番が来た時、その顔を見たクーパーは目を疑ったそうだ。それから傷のワケを聞いて、所長を問いただした。ヤツは看守の脛を蹴ったと言ったそうだが、もちろん嘘だ。
 あいつは黙っていた。口答えすれば、再び懲罰房行きだと踏んだのさ。
 唇を噛み締めるあいつを見て、クーパーは言った。
「私は目を見て人を判断するタイプなんですがね。彼からは役どころに必要な誠実さがうかがえたから、今回の候補に入れたんです。私からすればね、所長。あなたの目の方が濁って見えますよ」とな。全く気持ちのいい性格をしていたよ。彼が多くの俳優やらスタッフに支持されるのが分かった。
 言葉で動かない所長に幾らかの金を渡して席を外させ、監督は口外しないとの約束で、あいつとサシで話した。事件の事から何まで、あいつは全て自分の言葉で語ったそうだ。
 そしてオーディションの結果、あいつは例の役に決定した。傷が治るのに合わせて、撮影はラストシーンの直前から逆順で撮る事になった。あいつが何度か殴られるシーンがあるが、ほとんどの傷はメイクじゃないって事だな。面談の結果、性格には全く問題が無かったらしく、あいつはクーパーやその他スタッフの言う事も従順に聞いた。周りの看守は皆信じられんという顔をしてたな。あいつは彼らの事を、味方だと理解してたのさ。

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Re: JOHN SMITH ( No.1 )
日時: 2014/09/25 12:57
名前: TAKE


 撮影も後半に差し掛かった頃、突然あいつの裁判が開かれた。そこで信じがたい提案が出されたんだ。

もしも撮影中、一つの問題も起こす事が無ければ、被告人を懲役15年に減刑する

 信じられるか? 俺もそんな虫の良い話があるかと思ったさ。まあ案の定、それには続きがあった。

ただし所内に在る一般人に怪我を負わす、暴言を吐く等の問題を起こした場合、翌日即座に死刑を執行するものとする

 ……無茶苦茶だろう? 普通なら非難轟々ですぐに取り下げられる筈だ。しかしあいつはどう足掻いたところで、その時点に於いて死刑囚に変わりは無い。同じ人間として見てくれやしないのさ。
「彼の代役など居ないんですよ?」翌日にただ一人、クーパーがそう非難した。
「逆順に撮ってんですから、途中から登場するようシナリオを変えれば良い事でしょう」所長はそう言った。

 それから撮影場所の雰囲気がガラッと変わった。あいつの事を誰もが腫れ物を扱うように接した。それもあいつを想っての事だったろうから、納得せざるを得なかったがね。
 しばらくして、市警の人間が来た。その日は脱獄を図った囚人の中に裏切り者が現れ、移送する警察の銃を奪って撃ち合うって場面の撮影で、彼らはアシスタントとしての役割を担っていた。
 警官役の数が一人足りず、何故かそれを俺がやる事になった。黒人でデブの警官から俺は銃を受け取った。小道具に、空砲弾を込めた実銃を使う事になったんだ。俺はあいつと揉み合って、それを奪われる。そしてあいつが、後ずさる敵の足を撃つってシーンだ。
 予定通りコトは運んだ。あいつはリハ通りの動きで俺の手から小道具を抜き取って、膝立ちになって構えた。銃声が一発轟いて、敵役の囚人に仕込まれた血糊入りの火薬が作動する。
 しかしそこでイレギュラーな事態が起こった。
 囚人の背中越しにあいつを撮ってたカメラマンの足からも血が流れたのさ。あいつが俺から奪った銃には、実弾が入っていたんだ。
 悲鳴が上がった。呻くカメラマンに、クーパーを始めとするスタッフが駆け寄っていった。
 あいつは銃を取り落とし、呆然としていた。そこに所長が歩み寄り、横っつらをビンタした。
 リハの直後、小さなテーブルに小道具が無造作に置かれていた。おそらく警察関連の誰かが、こっそり弾をすり替えたんだ。

 原因がどうであれ、あいつに審判が下る事になった。

 翌日、ラストシーンが撮られた。俺が警官としてあいつを追って、撃ち殺すって場面だ。その場面を撮った後、刑が執行された。
 絞首刑だったよ。あいつは泣きながら台に上り、袋を頭に被せられ、執行人によって無実の罪を償わされた。
 後で知ったんだが、あのワケが分からん裁判のあった日、アパルトマンでヤク中の死体が見つかってな、部屋に殺された8人の少女の写真が貼ってあったそうだ。
 ――そう、そいつが真犯人だったってわけだ。市警はこの失態を隠蔽しようと、小道具に弾を込めたのさ。
 あんたは映画について調べた。そしてあのシーンが撮影された日取りと執行日の重なりから、俺があいつを映画の中で銃殺したと思ったんだな。
 しかし、ちょっと考えりゃ分かるだろ? 本物の死刑執行映像をシアターで流すバカがどこにいるってんだ。
 まあ、熱くなって早とちりしてしまう気持ちも分かるがね。

 残念だがあいつを……あんたの兄さんを殺したのはこの荒んだ社会さ。俺もその一部って意味では、あんたがテーブルの下で突きつけてる銃に殺されても、文句は言えないかも知れんな。
 ――いつ気付いたって、そりゃ顔見た時からさ。目も鼻も口もそっくりだ。
 それでどうする? 殺すんなら、ここは人目に付き過ぎるぞ。
 ――そうか。まあ刑務所ってのは、ロクでもねえ所だ。俺みたいなつまらん人間を殺した罪なんぞで、わざわざ行くもんじゃない。
 帰ったら、あんたもオプラ・ウィンフリー・ショウを見るといい。
 今日はな、冤罪で殺された人間の遺族が出てるんだ。コーヒーは奢っといてやるよ。

 ああ、おい。
 記事に嘘書くなよ。





 ※オプラ・ウィンフリー・ショウ:テレビ局や出版社を有し、児童福祉などの社会活動にも積極的に参加、女優としても活躍するオプラ・ウィンフリーが司会を務める長寿トーク番組。
 参加した視聴者ゲストに夢を送るサプライズが人気。

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