大人オリジナル小説

迷子なおんなと女。
日時: 2016/12/02 04:14
名前: Haruki

 深夜2時。近くの本屋さんで漫画を買って、ドリンクバーだけ頼み座っている。
本はめくるが、活字は読まず「漫画」だけを見てる。

机斜め横に座っているカップルが気持ち悪いな、なんて考えながら。

 「今度、どこに行こうか?」
 「この前のここはねぇ、少し歩くとこ多かったね。」
 「あぁ、足が疲れちゃった?」

 ははは、なんて笑いながらそんなことを言ってるもんだから心の中でゲロゲロ、と言ってやった。
 別に、妬みとか嫉みとかそんなのじゃないのだけれど。ただ、「気持ちが悪い」のだ。男女、だんじょ、おとことおんな。
 足が疲れちゃったーなんて、きっと踵の高い靴でも履いていったのだろう。あの媚びた女の甘い声は嫌いだが踵の高い靴は好きだ。なんだか、起きて気分が落ち込んでいても踵の高い靴を履けばシャンとするし、なんだか気分もよくなる。少し高いところの空気を吸えているような気持ちになる。

「はぁーあ。」

 と、ため息だけ吐いて視線を漫画に戻す。
私は、ドリンクバーで紅茶のアイスティーをいつも入れてくる。レモンティーにもできるし、ミルクティーにもできる。気分次第でこんなに変わってくれる便利な飲み物。

 「りつか。なにしてんすか、こんな時間に。こんなところで。しかもおひとり様?だね。」

 んあ?と上を見やればギャルギャルしいギャルが居た。ミニスカにタイツ、クリーム色のボブ、淡い色をしたリップをのせたふくよかな唇。ぱっちりとした大きなおめめに水色のカラコンなんかつけちゃってさ。元々顔はかわいいし、スタイルもいい。小柄なのに強気な視線が印象的なこの子。

 「彩希(あき)じゃん。そっちこそなにしてるの。制服だと追い出されるよ。」
 「追い出されるのも捕まるのもイヤなんで、トイレでお着換えしようと思ってここ通ったらりつか見つけたからさ。そっこーで着替えてくるから、相席してもええどすかー?」
 「もう、わかったよ、早くトイレ行って着替えてきなよ。」

 ひひひ、と歯を見せて笑いながらトイレへとリュックを持って駆けてった。可愛いんだけどなあ、残念な女子だよな。ほんと、こんな時間になにしてるんだろう。ギャルだけれど、成績もいい、マナーもきちんと守る、そしてすごくピアノが上手。外見からして意外すぎると度肝を抜いたことがある。
実際、彼女と出会ったのも音楽室から聞こえてくる弾き語りを聞いてだった。私も一応そこそこは知っているし、音楽もできない部類の人間ではない。だからこそ余計に惹かれたのだ。
今でも鮮明に覚えている。

 暑い夏の日だった。ゆらゆらとうだる空気のなかで追い打ちをかけるよにけたたましく鳴くセミたち。そんな中で透き通る美しい声が聞こえた。
ボタンをすべてあけて、ブラ丸見えだしミニスカートからはパンツも見え隠れしていた。じっとりと汗をかいた体と少し眉間に皺を寄せて歌う彼女の声は、暑いのに背筋がひんやりともするようなものだった。彼女が発する度に冷気でも出ているんじゃないかとも思った。
歌っていたのは、イングランドの民謡「グリーンスリーブス」。

 歌い終えた後の、情熱を湛えた瞳と艶めかしい唇を今思い出してもゾクリとする。

 「ちょっちー!聞いてる?りつかさーん。りっつっかっさん。」

 はっと前を向くと、ちゃっかりドリンクバーで入れてきたであろうオレンジジュースと勝手に注文したのか、ポッキーとポップコーンの入った皿が置いてあった。
 服は、まぶしい水色のワンピースを着ていた。胸が誇張されている。

 「ごめん、ぼーっとしてた。」
 「うん、そうだろうと思ってね、勝手に注文しちゃったよー。ごちになります。」

 パンッと両手を合わせてくるコイツを何度叩きたいと思ったことか。
毎回私のお金でジュースを買ったり、お菓子を買ったりしているので慣れてきたのはあるが、苛立ちは毎度沸き起こるものなのである。

 「時にりつかさん、何してたの?」

ポッキーをカリカリをかじりながら聞いてくる。
この子は常に何かを食べてないと落ち着かないと言っていた。だけど、スレンダーなのは何故なんだろうか。

 「別に・・・ただ、ぼーっと漫画読んでただけだよ。今日はガッコ終わってからプールの清掃だったからそのまま暇だなーと思って私服に着替え徘徊してただけ。」
 「ふぅーん。りつか、プール依存症だもんねー。今日は水に浸かってないからそんなにむくれっつらしてるのかなあ?んんー?」

 パァンッと深夜のファミレスにいい音が響いた。

 「いっったっ!!!叩くことないじゃん!漫画だよ!?いたいよっ!フツーにぃいいいい!!!」
 「人をそんな風に小ばかにするからだ、ばか。彩希こそなにしてたの?」

 からん、からんとドリンクの氷が鳴る。心地よい音だ。

 「フツーにガッコ行って、一曲演奏して、お家帰って暇だからぶーらぶらカラオケ行ってーお腹すいたし喉乾いたから来たら、りつかに遭遇したの。」
 「へーそうなんだ。」
 「っていうのは、嘘で単純にファミレスに入るりつか見えたから、まあ当分居るだろうなって思ってカラオケ行ってさも偶然を装って接触した限りだよ。」

 ブハッとアイスティーを吹いた。なんなんだこいつは。
変だ変だとは思っていたが、ここまでだとは。そもそもこんなことをしてこの子にメリットなんてないだろうに。

 「ねぇ、りつか。」
 「ん?」
 「僕たち、行くとこも場所もないね。」
 「・・・そうだね。」
 「このまま、迷子しちゃおうか。」

 迷子しちゃおうか。の意味がわからない。どういうことだ?

 ちゅ。

 「・・・・・。」

 目を見開いた。甘い、リップの味。悪戯そうに笑う彩希。きす、された。

 「最初に、僕にちゅーしたのはりつかじゃん。そっから、避けられて悲しかった。」

 うだる夏の暑い日。ピアノの余韻が消えるころ、思わず彩希にキスして、そのまま立ち尽くし、私は逃げた。何から逃げたのか。妙に大人びて見えた彩希からかそれともこの劣情からか、私は持ち前の脚力で全力疾走した。

 「僕たち、迷子だね。」

 はっと現実に引き戻された。少し悲しそうに笑った彩希。深夜のファミレス。耳の奥の方で彩希の歌う背筋が伸びるグリーンスリーブスが聞こえた気がした。
 斜め前に座るカップルが異色な目をしてこちらを見ていた。女と目が合うと、女は気まずそうに顔を下にそむけて、彼氏と思わしき人の腕にすり寄った。
私は、思いのほか気分がよかった。逃げ出したくなる気持ちもなかった。目の前に彩希がいる。彼女の瞳はいつだって情熱を湛えている。このまま、彼女と迷子でもいいかと思った。この気持ちも、今からのことも、すべて。

 「彩希、もう少しだけ私と一緒に、迷子してくれる?」

 少し照れ臭かった。人に頼るということをしたことが、私はあまりない。
ころころ、と氷をかき混ぜながら言った。
返事は、聞くまでもなかった。目の前の彩希は、にっこりと微笑んでいた。
 
 「よろこんで。」


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