大人オリジナル小説

ラザフォードへ 〔一級冒険者は捨てられた奴隷を拾う〕
日時: 2023/02/23 18:22
名前: 長谷川よら
参照: https://www.kakiko.info/profiles/regist.cgi?mode=mente&f=13347

あらすじ

主人公ラザフォードは一級冒険者である。家族も兄弟もパーティも持たない彼は、単身、ダンジョンに入り浸り、貪るようにモンスターを殺しては金を稼ぐ。
もうひとつの生業は「金と引き換えに強力なモンスターの討伐を引き受ける」こと。未熟な冒険者がダンジョン内で出くわし、対処できないモンスターの討伐を、ラザフォードが報酬と引き換えに請け負う。
ある日、低級冒険者から半ば強制的にモンスターの討伐を引き受ける。彼らは、はした金にしかならない量の魔石をラザフォードに押し付け、走り去った。
モンスターを瞬殺したラザフォードが辺りを見渡すと、そこには傷ついた奴隷が横たわっていた___。



長谷川より__
感想コメ歓迎です。

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Re: ラザフォードへ 〔一級冒険者は捨てられた奴隷を拾う〕 ( No.1 )
日時: 2023/02/23 23:41
名前: 長谷川よら
参照: https://www.kakiko.info/profiles/regist.cgi?mode=mente&f=13347

ダンジョン都市モラノレール。
早朝は静かだ。
まだ日が昇らない時間帯、都市の中心から少し外れたボロい戸建てで、男は目を覚ます。

ラザフォード。
この街の一級冒険者。

薄暗い部屋。
「あの人」が死んで5年になる。
部屋の中の時間は、あの日から止まったままだ。

同じことの繰り返し。
覚醒すると顔を洗い、目やにを落とす。髪を濡らして寝癖を誤魔化す。
無味の固いパンを齧りながら腰にバッグを絞め、ポーションの数を確認する。
腰の帯剣は長剣サーベル。
バッグに2本の小型ナイフ。
軽装備は俊敏性の保持のためであり、己の能力への自信だ。

朝から夜まで、ラザフォードはダンジョンで討伐を続ける。
1の曜日の早朝に深層を目指して潜り、出くわすモンスターから効率よく魔石だけをサーベルの先で奪う。
10階層ごとにある安全地の屋台で魔石を換金しバッグを空ける。その一部を使って軽食を摂り、次の階層へ向かう。

何のためにダンジョンに潜るのか、考えない日はない。
何が楽しくて、こんなことをして時間を潰すのか。

なぜ冒険者をやっているのか。
稼ぐため。
能力給だから。
自由だから。

これが俺のなりたかった冒険者か?

モンスターが俺を捉える。
威嚇行為から初撃の姿勢に入る。
その頃にはもう、俺のサーベルの切っ先は相手の魔石を正確に弾き出している。
モンスターは灰となって消える。

この繰り返し。

バッグの中に魔石が溜まっていく。

何も感じない。

モンスターを倒したときの感動は、もう欠片もない。
多分、あの日から___

第13階層__
低級冒険者の壁になる階層。
モンスターの質が変わる。

例えばそう、階層の主の出現。

「うわぁっ!な、何だよコイツっ!」
「聞いてねぇ!聞いてねぇぞ、こんなの!」

大広間に冒険者の悲鳴が響く。

深層は賢い冒険者と馬鹿を的確に区別する。
彼我の能力差を適切に量れる者かどうか。
そして、それを見誤った者から死んで行く。

見るとそこには巨大な階層主がいた。
全身に、ライオンにも似た黄金の毛を蓄えた巨人。
しかし頭部にはイカれた鳥のような顔が乗っている。
はち切れそうなほど盛り上がった筋肉。
咆哮が重低音で、内臓が揺さぶられる。
鍛え上げられた肉体から繰り出される拳は岩を砕き、食らえば1度で肉塊になってしまう。

その犠牲者が1人。

荒くれ者のような風貌の冒険者は今や、父親に怒鳴られ泣き叫ぶ直前の子供のように情けない表情をし、その顔は涙と鼻水でグショグショだ。

二人が身動きできずに立ちすくみ、肉塊を大事そうに抱えている。
下は漏らしたままだ。

「っんで、こんな、、」

嗚咽まじりに呟く男冒険者の1人が、後方から近づいてくるラザフォードに気づいて叫ぶ。

「『鋼の砦(ラスト・ガーディアン)』!!!」

遠い昔、「あの人」がくれた名前だ。
「あの人」が死んだ今、この通り名だけが「あの人」と俺を繋ぐ。
大切な名前。
だと言うのに、この薄汚い奴は___

「おい!『鋼の砦』が来たぞ!」
「マ、マジかよ!!」

ぐちゃぐちゃになった肉を抱いて、グショグショになった顔のまま、男二人はひげ面をすり合わせて歓喜した。

言いたいことは分かる。
「金はやるから、俺たちを助けろ」だ。

「おい!なあ、あんた!『鋼の砦』だろ?」
「だったら何だ。」
「た、助けてくれ!俺ら、今アレに殺されかけてんだ!」

それは見ればわかる。
正直、勝手に死ねと言ってやりたい。
自分の能力も量れない馬鹿が。

金と引き換えに死にかけの冒険者を助ける、謎の商売を始めたのは5年前になる。
「あの人」が死んだあとだ。
当時の俺は寂しくて、他人に必要とされたくて、進んで助けた。
始めは金なんて取らずに善意だけで助けた。
途中で「タダじゃ悪いから。」と魔石入りのポーチを置いていく奴がいて、それが俺のモチベーションになった。
他人の役に立てるというのが、こんなに嬉しいことなんだ、と幼く、自分の能力をもて余していた当時の俺は思ったりしていた。

けど、変わった。
きっかけは分からない。
喜びより、苛立ちの方が大きくなった。
なぜ、こいつらはこんなに弱いのか。
なぜ、無謀な戦いをしているのか。

金を差し出せば、俺をこき使えると勘違いした奴がいたからかもしれない。
何かあれば助けて貰える、という思いから無茶苦茶な戦いをする奴がいたからかもしれない。

「モンスター、代わりに倒してくれんだろ?」
「金貨1枚の約束だったはずだ!」

その冒険者は言った。

「これ、やるから!」

そうして、汚い麻袋を押し付けた。
硬い感触からして中身は魔石だと推測できた。

「は?俺はまだ何も__」

俺が袋を抱えたのをいいことに、男たちは肉塊を打ち捨て、全力疾走でその場をあとにする。

やはりアイツらはクズだ。
袋の中身はせいぜい銀貨5枚。
約束も守れねぇクズ冒険者が。

そんな事を考えていると、しびれを切らした階層主が咆哮する。

「うるさい。」

ダッと駆け出し、巨体に駆け登る。

「シッ!!!」

背中側、背骨を避けてサーベルを刺し、ついと切っ先を捻る。
サーベルを引き抜いてモンスターの背中を蹴飛ばし跳躍。
地面に降りると、巨体が傾き始める。

グラリグラリと左右に揺れ、膝が折れ、突っ伏すように前屈みに___

ドシンッ!
と音がすることはなかった。

灰になって消えたのだ。

「___。」

虚しい感覚だけが胸の中に広がる。

また、これか___。

サーベルの先に残った魔石を回収し、次の階層を目指す___。

何かの気配がした。

ぎょっとして、咄嗟にサーベルを構えて振り返る。

そこには、横たわる人影があった。
第13階層には、ダークフェアリーの類いはいないはずだが。

念のため、対処できるようにサーベルを構えて歩み寄る。

人影の正体は、力なく横たわる女奴隷だった。

胸を撫で下ろし、サーベルを腰の鞘に納める。

奴隷だと判るのは、首や腕、足首にある赤い痣のせいだ。奴隷につけられる鉄枷が擦れてできる傷だ。

装備品は、ぼろ布と少しの装甲__だったのだろう。何の盾にされたのか、装甲はほぼ粉砕され、体中傷だらけだ。

歳は20と少しと言ったところか。
肉付きが良いのは、おそらく男たちの慰みに使われるためだろう。わざといい物を食わせているに違いない。

顔色が優れない。
全身が青ざめているのは、魔力切れの魔導師に多い症状だ。
雑用兼回復役として連れて来られたのだろう。
所持品からして攻撃系統の人員ではない。

「女奴隷___。」

さっきのクズの連れだろうか。

「おい女、連れは帰ってったぞ。」

じっと見つめて見るが、女が起きる気配はない。

無理に起こすのもな__。
かといって、置いていくのは気が引けるし。

「____。」

正直、この女に構う理由はない。しかし、ただ隣で起きるのを待つというのも違うのではないか。
「あの人」を失ってから抱えていた寂しさを紛らわすためだとか、手込めにしようだとか、そういう考えとは違った。

これはきっと、昔に「あの人」に優しくされたせいだ。

ラザフォードはそう、自分を納得させるとバッグからポーションとマナポーションを取り出し、女にかける。
数秒後、笛の音のような音を立てていた息が、穏やかな眠りの中にいるときのそれに変わる。

「___。」

擦り傷や切り傷が治っていく。
しかし、枷のあとは治らないようだ。
仕方ない、古い傷なのだろう。

あとは目が覚めるのをひたすら待つ。

奴隷の傍に腰を下ろし、数秒__。

暇だ。

スキルの練習でもするか__。

スキル「浮遊(ベクター)」

第90階層の主を倒したときに得たものだ。
扱いが難しくて習得を放棄していたものだが、暇潰しにはちょうどいい。
最後に練習したのは__5年前か。
「あの人」が励ましてくれたっけ。

妙な鳴き声がして気づいた。
時間が経ってモンスターが湧き始めたのだ。

こげ茶色で、ヌラヌラした肌の小人だ。頭がでかくて、手足が異様に細い。片手に棍棒を持ち、ヴァイキングのカブトを深めに被っている。にやついた口元には、尖った歯がまばらに生えている。

雑魚かよ。
ちょうどいい。

バッグからナイフを出すと、スキルで宙に浮かせる。
ヒュンヒュンと風切り音を鳴らしながらナイフを振り回す。
久々の感覚にある程度慣れると、ナイフで小人を狙う。

ナイフは小人の魔石を正確に捉え、ラザフォードのもとへ帰ってくる。

上出来だ。

小人が湧くのを待ってから、再びナイフを飛ばす。
数体の撃破に連続で成功すると、ラザフォードはナイフをもうひとつ増やす。
多少操作のブレはあるが問題ない。
問題なのは操作するものが3つ以上になったときだ。

バッグから戦利品の魔石を取り出し、浮遊させる。
ナイフの操作が、ここで初めて大きくズレる。
どれかに集中すると、別のどれかの操作をミスる。

やがて、ナイフが思わぬ方向へぶっ飛び、焦ったところでもう片割れのナイフと魔石のコントロールも失う。


「だっ!クソ!!!」

飛んでいったナイフと魔石にかけたスキルを解除すると、情けない音を立てて地面に落ちる。

憂さ晴らしに残った小人をサーベルで仕留め、落ちたナイフと魔石をひとつひとつ引き寄せる。

「はぁ___。」

何やってんだ、俺。

「__ぉして__。」

突然声がして、振り返る。
声の主は奴隷だ。

「なんだ、やっと起きたのかよ__」
「どうして助けるんですか___。」

女は苦しそうに顔をしかめた。
心底怨めしそうな口調に、ラザフォードは一瞬たじろぐ。

女の顔には痣があった。

こいつ、目が___

「どうしてって___」
「どうして、見殺しにしてくれなかったんですかっ!」

女は泣きながら、ラザフォードが飛ばしたナイフのひとつを力強く握りしめていた。
痣がある目からは、膿のような色をした涙がドロドロと流れていた。

「自己満のためですか?」

女は嘲るような口調で言った。
強気だった。
言葉通り、死の覚悟があるのだろう。

「目的は体ですか?」

女の構えるナイフの切っ先は、己の首だった。
ラザフォードはため息をつく。

「あんた、死にたいの?」
「それ以外に、どう見えるんですか。」

「じゃあ、あんたは馬鹿だ。」

スキル『浮遊』でナイフを取り上げると、バッグに収まる。

「あのなぁ、お前__」

女は俺を睨む(ように顔を向ける)。
これから一体何を言うのか、と品定めするように。

「本当に死にたい奴ってのは、ナイフ握りながら泣いて怒ったりはしないんだよ。
そんなに勿体ぶったことしねぇで___」

脳裏にはあの日の情景がまざまざと浮かぶ。

「テメェ独りで、勝手に死んじまうんだよ。」

「あの人」みたいに。

女には何かが伝わったのか、先ほどの険しい顔から、うって変わって、悲しげな顔を見せた。


あれは、救える命だった。
前兆はあったんだ。
救いたかったんだ。
傲慢かもしれない。
けど、これを逃してはいけないと思った。

「女__」

死にたいと泣くコイツはきっと、「死にたい」のではなく「生きていたくない」のだ。
もし、そうなのだとしたら、死ぬ気が「まだ」ないのであれば、俺はできることをしたい。
「あの人」が生きられなかった分を全部。

「あんたは『死にたい』のか?」

ラザフォードは問うた。

その言葉を聞いて数秒、意図を汲んだ女は泣いた。
膿のような色の涙をたくさん流して泣いた。

ラザフォードの覚悟は決まった。
今度こそ、絶対に「死なせない」と。
無言の「死にたい」を「死」に繋げないと。

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