大人オリジナル小説
- 名もなき男の一生
- 日時: 2025/09/03 17:47
- 名前: 海月
朦朧とする意識の中で感じたのは冷たい鉄の音だった
それは聞きなじみがありどこか懐かしささえも感じた
しかし体は全てを拒んだ
起き上がれない、もがけない、声さえも上げられなかった
辺りは森で木々や雑草が生い茂っていた
男は捕らえられていた
敵国に捕らえられた
落ち着く間もなく弾は向ってきた
しかし違う敵兵の弾は小枝に当たった
男は地面に身を投げ出された末に自由になった
足はこのことを分かっていたように動き出す
やがて後ろから沢山の銃弾が流れ込む
それと共に過去の全てが自分に流れ込む
誇らしげに手を振る両親に照れる自分
長官の厳しい訓練を必死に耐えた自分
初めて戦地へと出向いた緊張した自分
次々と突撃を仕掛け倒れてゆく仲間たち
どれも悪いものではなかった
それにどれもこれも今踏ん張る為だとも思えてきた
男は加速する
さらに加速する
もう一度加速する
限界を追い加速する
あともう一秒生きるため
明日明後日の光を追い求めて
ついに限界に辿り着いた今どこかも分からない
しかし辺りを見ると民家があった
それは最も男にとって見覚えのある家だった
戸が開くと父、母が出迎える
二人とも言葉は何も発さなかった
しかしその瞳には労いと思いやりがこもっていた
男は当惑しながらも今、目の前に起こった奇跡に身を委ねた
しかし母、父、家は男が触れると同時に光の粒子として星空に散った
奇跡など起こるはずが無いのだ
そして身を委ねた
男は奇跡ではなく起こった現実に
「総員、構えろ」
「発射」
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