大人二次小説(BLGL・二次15禁)
- ぼくあか ( No.1 )
- 日時: 2014/07/26 14:40
- 名前: 鑑識
ぼくあか。
がたんごとんと小気味よい揺れに身を任せながら、厚めの窓にそっと頬を寄せた。真っ暗な窓には、見慣れた自分の顔が映っている。
少しだけ肌寒い車内で、ずっと前に買って冷めきってしまったコーヒーに口をつける。なにかと意外だと言われがちなこの甘いコーヒーも、あの人はお前らしいと言ってくれたっけ。
少し緩みそうになった口元を、眉を寄せることで引き締めた。
がたんごとん。コップの中の黒い液体が静かに揺れた。
去年の春。
俺よりも一年だけ早く生まれた彼は、その分だけ俺より早く、学校から居なくなった。
たまには顔を出すと言った彼は、県外の大学に行くらしい。それも、九州の田舎の方の。
どうやってこっちまで来るつもりだ、なんて質問は無駄だと知っているけれど、言わずにはいられなかった。予想通り、どうにかなると押し切られたけれど。
そんな慣れきったやりとりも今日で終わりなのかと、すこしだけ、泣きたくなった。
今日で終わりじゃないだなんて、どうせはじめのうちはやりとりがあっても、そのうち自然に、何事もなかったかのように、あんなやつもいたなぁと思い出される程度の存在になるのは明白なのに。それでも俺は、その言葉にすがることでしか自分を取り繕うことができなかったけれど。
考えれば考えるほど泣きたくなってしまって、行かないでと引き止めたくなって、少しだけ俯いたところを目敏く見つけられた。
ちょっとこっち来てくれ、なんて我侭なあの人にしては随分珍しく、真摯な表情で語りかけられて、俺はついていくしかなかった。
見慣れないきっちりと着こなした制服に案外似合うじゃないかなんて感想を抱きながら、振り向くことなく歩き続ける彼のあとをついていくのだ。
今まで気にしたことのなかった背中が、随分と広く見えた。
なんですか、とつとめていつもどおりに出した声は随分と震えていた。
振り向いたあの人は今までに見たことがないような優しい顔をして、俺を見る。
なくなよ、なんて、今一番泣きそうなのはそっちだろ。
軽口を叩けるだけの余裕もなかったらしい。
いい勝負じゃないかと自嘲気味に笑うと、その程度の衝撃でぽろりと涙が溢れた。
それを皮切りにしたように、力強く飛びつかれる。ぼふりと背中に感じた柔らかい衝撃で、ようやく中庭に連れてこられたのだと認識した。
ずびずびとみっともなく鼻を鳴らすのはどちらなのかなんてわからなくてどうでもよくて、ただひたすらに泣いた。
「なくなっていっただろぉ」
「るさい、ですよっ...あんたのが、ないてますしっ」
「うああああ卒業したくねえよおおおお」
「しなきゃいいじゃないですかぁ!俺はあんた以外のエースっ、なんて、嫌ですからねっ!」
「我侭いうなよぉ!」
声にならない声で、息切れしながらひとしきり笑いあって、その間もぼろぼろと涙はこぼれ続けた。
自分よりもいくばか大きな体にのしかかられて、ぎゅうぎゅうに締め付けられて苦しいけれど、その苦しさがどうにも愛おしくてしょうがなかった。
相手の肩に鼻先を埋めて鼻水を拭うと、律儀に静止の声が届いてまた笑う。
のしかかっていた重圧がごろりと横に転がった。もそもそとはい上がってくると、俺の右横に並んだ。
まだ夕方とは程遠い空の青さに目を細める。ごそりと何かを探していた右側の何かを捕まえると、安心したようにぎゅっと握り締められた。
いたいいたい。
「はぁー、好きだぁ」
「はは、雰囲気とかタイミングとかってわかります?」
「俺は今が一番いいタイミングと雰囲気だって判断したの」
「あながち間違ってないかもしれませんね」
「だろぉ!?」
「揺れるどころか完全に傾いちゃってますよ」
「それってつまり!?」
「言わせるんですか」
「なに、照れてんの?かーわーいーいー」
「はいはいはいはい、好きです好きです俺も好きです愛して」
言葉を遮るように唇を寄せられた。べろりと唇を舐められて、バードキスをいくつか落とされる。
いつの間に起き上がったんだなんてひとりごちなからくすぐったさに身をよじると、かわいーなんてゆらゆら呟かれて、かわいくないですよっていう反論は舌に押し込まれた。
ひとしきり口内をまさぐって本来の位置に戻ろうとするそれを、追いかけるように自らの舌で絡めとった。
お互いに後頭部を押さえつけ合いながら、激しく絡め合わせていく。
口の端から溢れだした唾液を舐めとると、涙混じりで塩辛かった。
へへへなんておどけて笑ってみせたあの人があまりにもかわいいものだから、今度は自分から抱きついた。
嬉しそうに首筋にすりすりと擦り寄ってくるのを感じて、こそばゆい。
ふと、左手が握られる。
手のひらに感じる金属質に首をかしげた。
「俺の部屋の鍵。持ってて」
「え、」
「待ってるから、ずっと持ってろよ。なくすなよ」
「...どうでしょうね」
「そこは持ってるって言えよ!」
「筆箱にでも入れておきます」
「うーんまぁいい」
「いいんですね」
いつもの軽口を叩きあって、よっこいしょと野太い声で立ち上がった彼を見上げる。
差し出された手を握ると力強く引っ張られて、よろめいたところを軽く抱きとめられた。
まったく、かっこいいんだかなんなんだか。
その日は彼の家で一夜を明かした。
何があったかは言うまでもないと思うけれど、涙も枯れて喉も枯れて、すっかりへとへとになった俺は次の日の学校を休むハメになった。
同じ日の夜のうちに彼は九州へと立ってしまって、涙混じりに駄々をこねたのが今更恥ずかしい。
駅のホームまで繋がれていたまだ暖かい手の平をさすりながら、寂しくなったとなりを気にしないように、急いで家に帰った。
そのあとはただ泣いて泣いて、なんとか1年過ごそうと決めて、新しいエースに冷静にトスをあげたり少し寂しさを感じてそれをチームメイトに宥められたり。なんとか彼のいない生活に順応する努力をして過ごした。正直、死にそうだった。
それから1年。
がたんごとんと静かに止まった電車を降りると、とてもとても田舎らしくさびれた無人駅がそこにはあって、都会とは違ったやさしい空気に深呼吸を一つ。あぁ、おいしい。
俺は今、九州にいる。
彼に教えられた住所へと見慣れぬ土地を歩いた。なるほど、彼に合いそうな、静かで力強い土地柄のような感じがする。あくまで雰囲気だけれど。
駅で買った土産を手にしばらく歩くと、彼が住んでいるのであろうアパートが見えた。案外と大きくて小奇麗だ。
コンクリートの階段を、なんとなく音を立てないように登って、えぇと、右に曲がった先の月当りからひとつ手前の部屋。
番号を二回確認して、インターフォンを鳴らす。確かに来客を告げたそのベルから、がちゃりと音がした。
『へーい』
「お久しぶりです。来ましたよ」
『はいはいよー!』
彼のことだからばたばたと駆けてくるのかと思ったのだけれど、そんな様子はない。
一瞬不思議に思って、それからおそらく彼がしたいのであろうことを察した。
尻ポケットに入れた財布から、丁重に紫色のお守りを手に取る。
交通安全と安臭い字で書かれたそれの紐をするりと解くと、少しほこりをかぶった銀色が顔を出した。
右手に落ちたそれを手で払って、鍵口に差し込む。
かちゃりと右に回すと、やはり鍵は閉まっていた。開いたことを確認すると、胸ポケットに鍵をしまう。
ドアノブに手をかけて、ゆっくりと前に押し出した。
あぁそうそう、このあとに続く言葉はもちろん、
「ただいま、木兎さん」
「おかえり赤葦!」
扉の前で待ち構えるミミズクに、抱きしめられるまであと2秒。