リクエストいただきました相合傘かつ恋人前提かつ大地さん赤面菅大になります。
・大地さんマジヒロイン
・そんな長くないごめんね
・思ってたのと違うかもごめんね
雨、が、降っていた。
傘を持ってきていたのだ。
朝、外の天気はこれでもかというくらいの曇りだったから。
雲が厚すぎてひと目で雨が降るとわかったから。
お天気予報をしているお姉さんも、「絶対降るから持っていかないと風邪ひきますよ」って言っていたものだから、わざわざビニールの傘を引っさげて、歩いて学校まで来たというのに。
確かに雨は降った。あまりの強さにこれ傘でも防ぎきれないんじゃないかという懸念が生徒の中で囁かれるくらいには、強い雨だった。
ただそれが、我らバレー部の長く辛い練習が終わる頃には、既に止んでいた。それだけなのだ。
運が良かった、筈なのだけど、しかしせっかく用意した傘が、ここまで必死に歩いた努力が無駄になるのがなんともやるせなくて、ため息をつく。
右を左を我先にと通り過ぎる後輩たちが、今日は肉まんだのあんまんだのわいわい騒いでいる。
「オツカレサァーッス!」と体育会系の挨拶に返事を返したところで、傘を持ってこなかったらしい日向なんかが大喜びで外を駆け回っているのを見て、またため息をついた。
「スガ、帰らないのか?」
「あ、うん。帰るよ」
ちゃりちゃり部室の鍵が、金属質な音をを鳴らす。見慣れた高さに視線をやって、声どころか雰囲気でわかってしまうくらいの仲だ、と自負している恋人と、視線を合わせた。
雨上がりの空、といってもこんな時間ではただ真っ暗なだけなのだけど、雲に覆われてそれこそ真っ暗闇の空を見て、彼は表情をほころばせた。どうやら彼もまた、傘を忘れたらしい。
ぶらりぶらり、必要のなくなった傘が、淋しげに揺れている。
「おー、止んだな」
「そうだね」
「やー、よかった。部活中降り始めたときはどうしようかと思ってたんだ」
「俺はちゃんと持ってきたよ」
無駄になっちゃったけど。
そう言って笑えば彼は、きょとんと目をまん丸にして、それから俺の右手に収められた白色の柄を取りあげる。
「なんだスガ、せっかく持ってきたのにーって不貞腐れてんのか」
「む」
からからと笑う彼に唇を尖らせた。なんだかそんなことに一喜一憂する自分が、随分とちっぽけに感じられたものだから、口に出さないでおいたのに。
流石我らがキャプテンだ。あっさりと見破られてしまうとは。
あぁそれとも、俺だから見破れたのだろうか。
調子乗りすぎかな。
「まぁ、ちょっとだけ」
視線を下げて少し薄汚れたビニル傘を見て、それから空を見上げた。あぁこの曇天め、少しくらい雨でも降ってみせれば、彼との相合傘なんかも夢ではなかったのに。
「帰るべ」
「あぁ」
「あ、大地。傘」
「ちょっと持たして」
特に断る理由もないので、首をかしげながらも了承した。この男はたまに、何を考えているのかわからないことがあるのだ。
時折見かける水たまりをかわしながら、街頭に照らされたコンクリートをふたり歩いていく。
ぽつぽつと他愛もない話を続ける途中で、小首をかしげた。
先程から、なにやら我が恋人の様子がおかしいのだ。そわそわと、傘と俺とを交互に見ては、口を開いて閉じて。
耳が赤いのは寒さのせいか、それともなにか照れくさいことでもあるのか、俺にはわからなかったけれど、なにか感情を隠しているのは明白だった。
「だいち、どした?具合でも悪い?」
「あ、いや、なんでもない。大丈夫だ」
「ほんとに?」
「ほんとだって。それよりさ、その、な、スガ」
「なに、どしたの」
あーうーえーそのー。
要領を得ない彼の言葉にもどかしさを感じながらも、特に急かすことなく耳を傾けた。
様子のおかしい恋人は、照れくさそうに少し俯いたまま、握り締めていたビニル傘に手を伸ばす。
ボタンをはずして、先端に取り付けられた器具をかちかちいじれば、ぱつん、と軽快な音を立ててシンプルに透明な傘が開いた。使い古したせいで、骨組みが少し歪んでいる。
「ど、どうしたの大地」
「だからな、スガ。そのー」
「ん?」
「あ、相合傘、しないか」
え。
頭を殴りつけられたかのような強烈な衝撃に、足を止めた。
相合傘、というのはつまり、俺が思っている相合傘と同じものだと考えて良いのだろうか。仲のいい二人が、共にひとつの傘に入ることで肩のふれあいやらそういうもので甘酸っぱい体験をする、その相合傘で良いのだろうか。
俺に合わせて足を止めた彼は、あさっての方向を向いている。耳が赤い。
ぐるりと大きな体の正面に回り込めば、息を詰めて真っ赤な顔を晒してくれた。なんだか嬉しくなって、頬がほころぶ。
「雨、降ってないよ」
「それは、そうなんだけど」
「傘だって、そんなに大きいやつじゃない」
「あぁもう、いやいいんだ、悪い。急に変なこと言って。忘れてくれないか」
「やだよ、俺だって大地と相合傘、したいもん」
「ぐっ…」
あまりに可愛いものだから、少し意地悪なことを言ってしまった。
もん、とか我ながら気持ちの悪いものだけど、彼にはそんなことを気にしている余裕も無さそうだ。手に持った白い柄は、きっと手汗に滑りをおびているに違いない。
「、スガが、さみしそうな顔してたから」
「俺のため?」
「俺が、してみたかったってのも、ある、けど、」
「うへへへへへ」
「笑うなよっ」
「かわいいなぁ大地ぃー」
「どこがだよ!」
「全部」
「んなこと言うのお前くらいだっての…」
「黒尾も言ってた」
「えっ」
心底ごめんなさいの真っ青な形相に満足する。一番のライバルだと思っていたやつに、彼は全く興味がなさそうだった。
開かれたまま、彼の手に握られていた傘を取った。思ったとおり、汗に濡れたそれを袖で拭うと、彼は申し訳なさそうに頭の後ろのところをかく。
持ち上げると俺一人にちょうどいいサイズのそれを、少し高めに掲げた。
「だいち」
名前を呼べば、彼は眉を下げて微笑んだ。
俺はといえばその表情が彼の中で一番好きだから、熱くなった頬は知らないふりをしながらつられて笑う。
死んでもいいやと思えるくらいには、幸せな夜だった。
(何も降らない夜)
接近の言い訳を作ることのできる相合傘、素敵ですよね。