何が書きたかったのかわかりません。ぼくあか。やけにポエミーで読み返したくないシリーズです。前編になります。
妙な雰囲気だ。
表面上はお互いいつも通り、のように見えて、やはりそれは結局表面上の話なのだ。拭いきれない違和感と、嫌な湿り気に眉を顰めた。
ぼんやりとどこか遠くを見つめる彼にならって、同じ方向を見つめてみた。視界がぼやける程度の雨の隙間に、一面の灰色が広がっている。彼がこの景色を見て何を考えているのかなんて全くわからないけれど、少なくとも俺は、何も感じることができなかった。
別に飽きとかそういうのはないのだけど、なんとなく到堪れないような、微妙な空気。
言葉はなくても居心地がよいとか、それもないことはないのだけど。でもなんだかそれとは少し違うような気がした。
自分の足りない頭では、この感情を言葉に表せなかった。
「あかーしぃー」
「なんですか」
「あめ、止まねえな」
「そうですね」
たったのそれだけで、会話は途切れた。ぱらぱらとしずかな雨の音だけが、耳に響く。
表情も姿勢も崩さないまま、ただぼんやりと、きっと彼には何か思うところがあるのか、それともなにか見えてはいけないものが見えているのか、ひとつの方向を見つめている彼の横顔を眺める。
端正な顔立ち。雨に濡れて浮び上がったシルエットはかなり蠱惑的で、こういうのを何と言うのだったか。
あぁ、そうそう、水も滴るいい男、みたいな。そんなの。
このルックスのお陰で随分女子の間で噂になっているのは、それほど噂話に聡くない自分の耳にも届いた。実際に告白されているのも、知っていたのだ。
今日ついさっき、それこそ一時間くらい前。本当にたまたま、彼が女子と二人で体育館裏の中庭へと歩いていくのを見た。
なんだか胸が締め付けられた。
本当にモテるのだと実感して、何故か置いてけぼりにされたような寂しさに心を放り込まれたみたいで。
気づけば雨が降っていて、どれだけの時間その場に立ちすくんでいたのかはわからないけれど、体にシャツが張り付いて随分と気分が悪かった。
こりゃ流石に風邪引くかなーなんて、どこか人ごとのように心の中でぼやいていると、赤葦が体育館の角を曲がって、こちらに向かって歩いてきた。
雨に濡れたまま、特に焦りを見せることもなくただ立ち竦む俺を見て、急いで駆け寄ってくるのにどこか安心感を覚えた。
へらりと笑えば、怒られた。彼の頭の中に自分がいることが、嬉しかった。
告白されたのか?と聞いたら彼はあからさまに嫌そうな顔をして、見てたんですか、と口を尖らせる。俺は見てたことを怒られるのとかはどうでもよくて、ただなぜだか結果が知りたかったから、少し強い口調で問いただした。
彼は少し目を見開いて、俺は木兎さんの世話に忙しくて、彼女なんかにかまけていられません、と足元を見ながら呟いた。
それに、好きな人がいますから、とも。
誰なんだよ、と聞く前に彼はふんわりと笑って、教えませんよ、なんて。
きっと、かなわない恋です。
そう続けた彼の表情はとても見ていられないような、何かを堪え続けたいっそ貫禄さえ感じるような、痛ましいものだった。笑いながら、泣いているように見えた。
その時その表情を見て、びりびりと何かが、脳から背中から、全身へと駆け抜けた。一瞬雷に打たれたのかと思ったけれど、腕を見ても頭を触ってみても、どこも焦げていなかった。
目の前の男の、手を取っていた。あの時こそ何を言いたかったのかわからず、結局困惑する彼に正気に戻ったのだけど。今考えれば、そう、たぶんおそらく、告白でもしようとしたんじゃないかと思う。
気付いたその時その場で一分も立たないうちに、芽生えた恋心を打ち明けようとしたのだ。これも推測でしかないのだけど、きっと、他の人に、俺の知らない誰かに彼が取られてしまうみたいで、怖かったのだと思う。
取られる前にと、独占欲が顔を出したのだ。
帰りましょうかと彼が言うので、まっすぐ帰ることにした。幸いにも、部活はミーティングだけだった。
傘は忘れたのだという。彼の様子を見るに、きっと学校に戻れば置き傘でもあるのだろうけど、俺に気を使ったのか、忘れたのだと言った。
俺にでさえ気を使われたと気づけたのだから、彼も相当に気が動転していたのだと思う。
なんとなく、歩いて帰ることにした。そんなに雨も降っていなかったし、歩ける距離にバス停もあったし、なにより彼とゆっくり話がしたかった。
結局気まずいまま、ぽつぽつと言葉を交わすだけに終わったけれど。主に俺だけが意識していたものだから、どことなく罪悪感が芽生えていた。
奥の方にちらりと、バス停が見えた。もう一分も歩けばたどり着いてしまいそうなその場所を眺めていれば、右手に冷たい感触が伝わった。視界に移すまでもなく、それが彼の右手であることがわかって、なんとなく、こちらからも手の甲を押し付ける。この冷たさは、雨じゃなくて緊張からくるものなのかな、なんて、勝手な想像だけど。
バス停までは、あと百メートルくらい。
きゅっ。
右手が冷たい感触に包まれた。驚いてとなりを見れば、彼もまた珍しく驚きを隠せない様子で、俺の顔と右手とを交互に見つめる。歩が止まった。
彼と手が繋がれていた。繋がり方から見て、俺から繋いだようだった。思考が追いつく前に、彼と手が繋ぎたいと欲を抱く前に、体が動いてしまったようだ。
慌てて謝罪の言葉とともに手を離そうとすると、解きかけた俺の手を追いかけるように、また繋がれた。今度はぼんやり熱を帯びた感触だった。
彼は何も言わなくて、ただ、目を合わせて、それから伏せて、少しだけ頷く。
また足を動かし始めた彼に、俺は引きずるようについていった。
またも思考は追いついていなかった。
前編です。