短め黒大です。最近ネタは思い浮かぶのに書けないというものすごいもどかしさを味わっています。リハビリがてら。
休憩時間になると、なにかと取って付けたような用事を片手にこちらへやってくる彼に、ため息をつくのも諦めた。今度は何の用を言い訳にやってきたのかと、ぽたぽた際限なく溢れ出る汗を拭いながら、顔を上げる。
彼は姿勢を低くしたまま話そうとしたけれど、先程俺に首が痛いと文句を言われたのを思い出してか、壁沿いに座る俺の左側に音も許可もなく座り込んだ。
こちらを覗き見る雰囲気は感じるけれど、なんとなく視線だけをそちらにやる。
「なぁ聞いてくださいよ澤村サン」
「何ですかかっこよくもなんともない黒尾サン」
「なに、聞いてたの」
「あれだけ声がでかければ聞こえるっての。誰が一番かっこいいか選手権(笑)だろ」
「だったら話が早いわ。なぁなぁ、俺ってイケメンの部類に入るよな?」
「全然」
「ええー、俺結構顔だけはいいって評判なんだけど」
それは評判っていうのか。
溜息とともに言葉を吐き出せば、彼はけらけらともう慣れてしまったけれど、少し独特の笑い方をする。これは本当に愉快な時の笑い方。嘘の時はもう少し爽やかで、目もとの緩みがもう少し甘い。
彼の笑顔の種類を把握しつつある自分に嫌気がさした。いや、別に彼のことは嫌いではないし、むしろ身の回りになかなかいないタイプの人間なものだから興味深いくらいなのだけど、なんとなく彼のことを深く知るのが怖かった。理由は良く分からないけれど。
「それだけのために来たのか?」
「それだけのために来ちゃダメですか?」
「、別に、いいけど」
うっすら開いた瞼の奥に光った瞳が、視線が、すらりと鋭利な刃物のようになって俺を突き刺した。ぐっと息を飲み込むと、彼はまた笑った。今度は、一番俺が理解できない時の笑い方だった。何を考えているのかわからない、けれど彼の中で一番きれいに見える笑顔だと俺は思っていた。
彼は時折この表情を見せる。普段の彼を知っているわけではないから正確には言えないけれど、少し彼を観察してみた結果、俺にしかこの表情は向けていないように感じられた。相変らず、理由は良く分からない。
「澤村サン、好みのタイプとかあんの?」
「、あー、そうだな」
「お、やっぱ澤村サンにもそういうのあんのね」
「なんだよ。お前から聞いてきたんだろ」
「悪い悪い」
好きなタイプ、か。
考えてみれば、人並みにそういった話はしたことさえあれど、それほど具体的に考えたことはなかった。とりあえず、自分の意見をはっきり持っていて、話していて楽なやつがいい、とその程度。
うーん、と小首を傾げて、傾げた視線の先にいたのは何故か真顔でこちらを見据える黒尾だった。
がっちり視線が絡め取られて、なかなか引きはがすことができない。黎い澄んだ瞳に飲み込まれそうで、息が苦しくなって、逃げ出すように瞬きをすれば、呪縛から開放されたように一気に体が自由になった。溜め込んでいたらしい息を吐き出して、彼に悟られないように視線を逸らす。
休憩時間のカウントダウンをしているタイマーに目を向けると、残り3分程度だった。そろそろ準備を始める人がチラホラと見え始める。
「あ」
「ん?どした」
「お前のかっこいいとこ、見つけた」
「好みのタイプは?ってか探さないとなかったんですか」
「正直顔は良いと思うけど性格で相殺してるからゼロポイント」
「手厳しい」
「俺はお前の、眼がすきかな」
「め、」
そう、眼。
彼は俺の言葉に少なからず驚いたようだ。なかなか見ることのできない表情に少しの満足感を覚えて、それから話を続ける。
「真っ黒な海みたいでさ、吸い込まれそうで飲み込まれそうで、すっげぇ深いのがさ、瞼の奥に潜んでる感じが、なんか好き。んー、上手く言えねーな」
なんだか考えていたものをうまく伝えられていない気がして、襟足のあたりをかいた。
びりりりと耳に響く嫌な音が、休憩の終わりを告げる。なんとなく気恥ずかしかったこともあってそそくさとその場を後にしようとすれば、手首を掴まれた。犯人はもちろん黒尾で、怪訝な表情を作ってみたけれど、彼は俯いていたものだから表情が伺えなかった。
「、なんだよ」
「あ、いや、なんでもない」
「そうか」
「休憩、終わったし、行くか」
「おぉ....?」
立ち上がった彼の顔は相変わらず見えなくて、しかし、寝癖なのだという跳ねた黒髪の隙間から、ほんのり赤く染まった耳が覗いていた。
(無自覚な不意打ち)
「あ、好みのタイプだけど」
「あ?あぁ」
「自分の意見をはっきり持ってて、そんで話してて楽なやつかな」
「へぇ」
「その、まぁ、お前みたいなやつ、も、悪くないと思う」
「え、」
「あーははは!いや、なんでもないぞ!舌が滑ったははは!じゃあな黒尾後で覚えてろこの野郎!」
「........」
(何を言ってんだ俺は!)
(後でってどんな顔すりゃいいんだよ....!)
恥ずかしい。