後編です。
「お前に言う話ではないのかもしれないが」
「話聞くくらいなら、構わないけど」
「悪いな」
「いいよ。それで、どうしたんだ?」
「今日、練習中にな、」
きっと彼にしては珍しく、少し目尻が下がっていた。どうやら、本気で参っているようだ。
彼曰く、信頼関係が足りないのだと言われたらしい。そもそも信頼を深める気があるのかと、お前にはそれが見えないのだと、言われたのだとか。
「一人で戦っているんじゃない」。
「もっと考えていることを表に出せ」と。
確かに先程からの振る舞いを見ても、独裁的で強制力を感じさせるものがあった。
しかしそれも案外気が利いたり時折見せる素直な顔からするに、ただ不器用なだけなのではないかと俺は踏んでいるのだけど、この短時間では明確にどうとは言い切れない。
ひとつ納得して、それから彼の言葉に耳を傾けた。
「俺はこれまで、エースとして、キャプテンとして、多少高圧的な態度は必要なものだと考えていたし、現にそれで勝ち進んできた。だからこそ、これからもその姿勢は変えるつもりはなかったのだが、監督が言うこともわからないわけではない。よりコンビネーションが上手くいったり、士気が上がったりするのであれば、確かに信頼関係というのは必要なものに感じられる」
なるほど確かに、キャプテンにエースに、彼の実力があればそう舐められるなんてことはないと思うが、他人を纏める立場にある以上必然的に語調の高圧さは増してくる。
しかしだからといってそれは嫌われ役を買って出ろ、というわけではない。「信頼」には、言葉で説明できないくらいの力がある。キャプテンというのは、他人を従え、必要とされ、そして何より信頼されることが必要な立場なのだ。
自分自身、それができるかと言われればこれはただの理想論でしかないのだけど。
きっと彼はこれまで、信頼も必要性も、力でもぎ取ってきたのだろう。持ち前のバレーに対する姿勢が評価されていることもあるのだろうし、それが一概に悪いとは言わないけれど、しかしその道を選んだ彼は今、壁にぶつかっている。
あぁそうか。多少信頼を置いてもらっている自負はあるものの、常に力不足を感じている俺とは、まるっきり正反対なのだ、彼は。
「だが、俺にはどしたらその「信頼」とやらが手に入るのかがわからない。きっとこれまで通りのやり方では手に入らないことはわかった。その一因に、俺が相手に威圧感や恐怖を与えていることがあるというのも、だ。しかし俺には、それらをどう直していけばいいのか、皆目見当もつかない」
「なるほど、なぁ」
「俺は、どうしたらいいのだろうな」
「........」
「勝つには力が必要だが、それだけでは、駄目なんだな」
はじめて俺から目を逸らした彼は、ただ真っ直ぐ、正面を見据えている。彼の瞳が物語るものはなんとなくわかって、俺も正面に向きを変えてみた。
眼前に広がるのは、照明にぼんやり浮かぶ小さな遊具と、うっすら見える星空くらいだった。幻想的な風景にため息をつくと、返事を待っていたらしい牛若が横目に視線をよこす。
「悪い悪い、少し考え事してた」
「お前にもわからないか?俺が見ていた限り、お前はきっと、信頼が置かれているんだろう」
「おう、サンキュ。そんな立派なキャプテンじゃないけどな」
「謙遜するな」
本当にこいつはどこまでも素直で率直だ。照れくさい。
彼の言う通り、俺には彼の悩みを、欠点を解決する方法を知っている。
それは小さな子供でもできるくらい簡単で、けれど大人になるにつれて難しくなるようで、彼の性格を考えればきっと彼にとっては簡単な部類に含まれる手段だった。
彼は知らないだけなのだ。ひとつのことだけを見詰めすぎて、それ以外のことが疎かになっているだけで。
彼の長所足りうる点が彼を苦しめていることに、もどかしさとよくわからない悔しさを感じた。
「すげぇ簡単なことだよ」
「そうなのか?」
驚く彼に、自信ありげに頷いてみせた。こんなこと、誰にでもできるのだけど。
「まずはさ、そのお前ってのをやめて、名前で呼んでみな」
「........バカにしているのか?」
「違うって。相談してきたのはそっちなんだから、真剣に聞いてくれよ」
「、わかった。お前の名前を教えろ」
「その高圧的な口調もだ。もっと優しく、ソフトに!」
「....お前の名前を、教えてくれ」
「そうそう、いいぞ。俺は澤村大地。大地って呼んでくれ」
「大地、か。いい名前だな」
「お前の名前も教えてくれないか?」
「牛島若利だ。牛若と呼ばれたりもするが、あまり好きではないから、」
「わかった、若利って呼ぶな」
「........むず痒いな」
「これが普通だっての!」
正直な所俺も照れくさかったので、笑って誤魔化した。こんな小さい子供でもすんなりできることを、男子高校生が、こんなちっぽけな公園で。なんだか笑ってしまう。何度も俺の名前を反復する彼がまた可愛らしい。
彼の目を見て笑えば、彼もまた少しだけ微笑んだ。なんだ、笑えるのか。
当たり前のことにいちいち驚いてしまうのは、もう彼のことだから仕方ないのだ。置いておこう。
「よし、とりあえずそこからだな。あぁそれと、挨拶もしたほうがいいな」
「いつもしているが」
「おはようとかこんにちはとか、日常的なやつだぞ?どうせ一方的に「お疲れ様です」とか言われて「あぁ」なんて曖昧な返事してんだろ」
「む」
彼のモノマネをして見せてケラケラ笑う。思ったとおり彼にはこの手の冗談が通じないようだ。図星だったのか、苦い顔をした。
「小さなとこから始めんのが大事だぞ。まぁ、偉そうなこと言えた立場じゃないけどな」
「わかった」
「うし、じゃあ俺は帰る。頑張ってな」
「待て、だ、いち」
腕を掴んで呼び止められる。名前呼びに慣れようと彼なりに頑張っている姿勢が伺えて、なんだか胸がきゅうきゅうした。
まったくこんなに素直でいいやつなのにもったいないな、なんて心の中でぼやく。
「ん、なんだ若利?」
「連絡先を、交換しないか」
「え、」
「明日、大地に言われたことを試す。まず第一に、結果を報告したい」
「若利........もちろんだ!」
右腕を掴んでいた彼の手を取ってぶんぶん振ると、彼は目を見開いて、それからとても慈愛に満ち溢れた表情で、目を細めた。なまじ顔が整っているせいで随分と破壊力のあるそれに一瞬怯んで、それを隠すようにポケットに放り込んだスマホを取り出す。
彼も同じように端末を取り出して、操作を始めた。
まさかあの牛若と、LINEやってる?なんて高校生らしい会話をすることになろうとは夢にも思わなかった、そんな夜。
(欠点損傷)
牛島若利:大地
大地:おー、どした
牛島若利:名前呼びと挨拶した
大地:どうだった?
牛島若利:とても驚かれた
大地:そりゃそうだよなww
牛島若利:だが、どこか嬉しそうにも見えた
大地:そっか
牛島若利:ありがとう
大地:お前が頑張った成果だ
牛島若利:礼くらい素直に受け取れ
大地:お前にひねくれてるとか言われたくない
流行れ。