暑い暑い、夏の日のことだった。
なんてことはない帰り道。いつもどおりの交差点を、いつもどおり暑さにうだりながら、前を歩く赤いジャージを目印に着いていくだけだった。
部活と暑さに汗でぐっしょりになったシャツに、それでも日焼けはヒリヒリするからジャージを羽織って。のそりのそりとチカチカ光る端末片手に。
あれ。ぴたり足を止めた。俯いても見えるような位置にいたはずの赤が、いつの間にか見えない。
顔を上げる。
上げた視界に写ったのは、走るクロ、それから黒い猫と、
あ。
そこまで認識できたところで、赤いジャージがトラックに撥ね飛ばされた。
勢い良く衝突した大きな体は、それでもトラックよりはずっと小さくて、いとも簡単に遠くへと吹き飛んでいく。
硬い硬いアスファルトに強く叩きつけられると、少しだけ身をよじって、それから少しも動かなくなった。
トラックは道路を塞ぐように急停止すると、中からは四十代くらいのおじさんが出てきた。額に汗をにじませ、なにか叫んでいる。
それをぼんやりとただ見つめるだけの自分は、呆気ないなと、ただそれだけの感想を抱いて立ち尽くしていた。
人の死というものは、これほどまでに呆気ないものなのか。
知らなかった。
知る由もなかった。
救急車を呼べば、という考えはすぐに霧散した。それはトラックに跳ね飛ばされたからとか、ぶつかる位置が悪かったとか、もう動いていないからとかそんな観測的理由ではなくて、ただの直感ではあったけれど。
なんとなく、外れる気はしなかった。
徐々に人が集まっていく。誰かが救急車を呼ぶ声が聞こえる。ちだまりはどんどん広がって、ついに足元まで届いた。
はっと、夢から覚めたような感覚がした。もちろん目の前に映る景色は夢ではない。人ごみも、トラックも、血が流れ続けるクロの赤いジャージも、全て現実だった。ただ、足元まで流れ出してきたと感じていたちだまりだけは、未だに倒れた赤いジャージを中心に留まり続けていた。
叫ぼうと、思った。
クロの名前を叫んで、表面には一切現れることなく目の奥にたまり続ける涙を一斉にこぼして、それでクロの体にすがりついて、それから、それから、
それから?
足元から小さな声がする。それから、するり足に擦り寄る感触も。
にゃあと呑気に鳴く姿がどことなく、誰かに似ている気がして、拾い上げた。
首輪はついていない。野良なのだろう、毛がボサボサだ。
綺麗な黒色を胸に抱えて、人ごみに背を向ける。
「かえろうか、クロ」
「にゃあ」
あついあつい、なつのひのことだった。