隣の芝は青く見える、というのはよく言ったもので、人のものというのは随分良い物に見えるらしい。
確かに自分とてそう感じた経験は少なくない。例えば食べ物にせよ、スポーツの才能にせよ、誰しもなにかしら経験したことがあるのではないだろうか。
いやしかしそれにしても、
「あかあしー、それひとくちー!」
「........またですか」
「頼む一口だけ!腹へったの!」
「別に、構いませんけど」
この人は人のものが青く見えすぎなのではないかと思うのだけど。
サンキュ!と例の言葉とともに、差し出した手から半分ほどに減ったおにぎりを受け取る。
豪快にガツガツと齧り付くと、中にたらこが入ったコメの塊はあっという間に無くなって、残るは口の端にくっつけたコメ粒一つだけとなった。
ついてますよ、と指摘すると、取って取ってと甘えた声を出す。ニコニコと無垢な笑みをたたえた表情に少し怯んで、それからこれからの対応について素早く頭を働かせた。
赤い唇にコメ粒が良く映える。
思考の末、木兎の唇に右手を伸ばす。親指でぐっと掬いとると、指の腹にくっついたそれを唇に押し込んだ。
もごもごと何か言葉を発しようとするのを指で押しとどめて、間の抜けた顔を見つめる。
一度指を離すと、未だに取れないままのコメ粒がくっついたまま残っていた。
ぎゃんぎゃん喚く白い頭にはいはいと適当に相槌を打つ。
ったくよぉーなんて呟いた唇にもう一度指をこすり付けると、上唇の少し右に、またくっついた。
ぐちぐちと文句ばかり発する嫌味な唇に自らの唇を重ねる。べろりと舌で上唇を掬い、口内にねじ込んだ。
相手の舌に絡み合わせ白い塊を擦り付けると、潰れたそれはぼんやりと甘い。それに満足して唇を離した。
「急にどうしたんだよ赤葦ぃ!ヤっていいの!ヤっていいの!?」
「ダメです」
「そっちから誘ってきたくせにぃ!」
「さ、休憩終わりますよ」
「むぅー」
大人しく背筋を思い切り曲げてコートへと戻るミミズクは、唐突に輝いた瞳をぎょろりと振り向かせた。同時に伸びた背筋、自信ありげな顔。
あぁ、試合以外でのこれは良い方向に転んだ試しがないのに。
「なぁ赤葦!」
「なんですか」
「キスしたいなら、あんなこびつけなんかしなくてもいつでもしてやるからな!」
「え」
それはこじつけです、と突っ込むまもなく、陽気なステップをかましながら去っていく。
取り残された俺は、あまりにも唐突に図星を突かれて、頭が茹で上がっていたのだった。
まぁ確かになんとなくむらっと来て、キスがしたくなってしまった訳なのだが。
今考えるとあまりに無理のあることをしていたなと頭の温度がさらに上がった。
「あぁもう、これだから」
変なところが鋭い白髪を想いながら、ため息をこぼした。
はいわかんないシリーズです。