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促される侭に中へ入る。
カノはいつの間に手にしていたのか、片手では鍵をチャラ付かせて、もう片手では僕の手を取ってぶんぶん振り回し、スキップしながら鼻歌を歌いながら階段を上がるというとても器用な事をやってのけた。僕にはとても出来ない。
「これが本当の『大の字』なるものか…!」
「…ぅー…」
ぐったり。
隣に腰掛けているカノが感心している。
部屋に辿りついた僕は、ふっかふかのベッドにまさに「大」の字になって寝転んでいた。
このまま眠ってしまいそうだ。しかし折角ここまで来れたのだから、あとは目の前のコイツを押し倒して、それで、それで……と。
僕の思い描く想像図をぶち壊すように、カノが一言。
「それじゃあ、お風呂一緒に入ろう!」
「風呂」
満面の笑みで、胸の前でぎゅっと手を握りしめるカノ。
風呂。
お風呂。
最後の砦。
忘れていた。そうだった。押し倒す前にやる事があった。
とにかく腹が減っていた僕にとって、「風呂」は最後の砦、難関に思えた。これを突破したが最後、食事にありつけないまま体力が尽きて終わるんじゃないか。
………嫌な妄想しか浮かんで来ない。
断ち切るようにして僕は上体を起こした。
「…………分かった、風呂入ろうか」
「…………」
あれ?
あにはからんや、カノは胸の前でぎゅっと手を握りしめたポーズのまま動いていない。
ただこちらを見つめている。
「どうした、カノ?」
「……………と、言いたい所なんだけど」
ふ、と視線を下に、肩の力を抜いたカノ。
ゆっくりとこちらへ歩み寄って来た。
「ねぇ、クロハ君…?」
それは自然な動作だった。
すぐそばまで歩み寄って来たかと思えば、ずいっ、とベッドに乗り上げて来たのだ。
「な、…っ!」
そうすると僕の膝に跨るような体制になる。
思わず身じろぐ。
瞳孔が引き絞られて行くのが自分でも分かった。
どく、どく、と収まっていたはずの動悸が、また。
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