大人二次小説(BLGL・二次15禁)
- Re: 文スト BL、R18有 乱歩受け中心 太中も ( No.56 )
- 日時: 2019/08/10 19:19
- 名前: 皇 翡翠
聖者の餞別 記憶喪失になった太宰のお話でカプ要素薄め
「それでねぇ、敦君。彼ってば、私のことを見て幽霊でも見るような顔をするのさ。
それがなんだか可笑しくて堪らなくなって、私はその彼にニッコリと笑いかけたという訳だ」
太宰さんは嬉しそうに目を細め、頬を紅潮させながらそう言った。僕はなんて言ったらいいのか分からず「へえ」だとか「ふぅん」だとか意味のない音を口から出す。それがお気に召さなかったらしい彼は秀麗な顔で拗ねた子供のように幼く不満を訴えた。
「ちょっと敦君。聞いてるのかい?君が話し相手になってくれないと暇で仕方がないというのに!」
「……すみません。
それで、太宰さんは………その…中原さんに言ったんですか?」
「記憶がないってことかい?そりゃあ、言ったとも」
僕の先輩が生まれてから今までの記憶の一切を失ってから一ヶ月が経った。彼が行方知らずになったのはその更に二日と数時間前のことだ。その先輩というのは僕の隣で上機嫌で笑いながら昨日出逢ったという男の話をしている太宰治その人である。
行方知らずになった太宰さんが見つかった時、彼は川に浮かんでいた。否、沈みかけていたのかもしれない。
目を瞑り口を少しだけ開けた顔は酷く穏やかで、その右手に持つ花々はやけに鮮やかに見えた。
まるで絵画のようで、僕は恐怖した。
本当に今度こそ死.んでしまったのではないかと思われたのだ。
「―――――っ!をしているのだ!早くあの唐変木を此方に引き摺り上げるぞ!!」
そう国木田さんが叫ばなかったら、きっと僕は太宰さんがそのまま息絶えてしまうその瞬間まで、息をするのも忘れて彼の姿を見ていたに違いない。
そうして僕と国木田さんによって川から助けられた太宰さんはこんこんと眠り続け、医務室の寝台から目覚めた時には記憶の一切を失っていた。
しかし記憶を失っていても太宰さんは太宰さんで、日常生活はおろか探偵社の仕事も卒なくこなし(ちなみにサボりぐせさえも健在であった)頭脳も今まで通り明晰であった。
ただ一つ、ポートマフィア及び彼自身の過去のことのみ忘れてしまったようだった。
探偵社の僕らは何度も話し合いを重ねて、自然に任せることにした。太宰さんはその結論に不満もなかったようで、けろりとした顔で「チョットも覚えていないほど忘れてしまいたい過去だったのなら、思い出す必要もないだろう」と言ってのけた。
僕は少しだけ喉に何かが詰まったような心地になった。
それから数日後。つまりは昨日。
僕はポートマフィアの中原中也に会った。
彼が僕のことを訪ねてきたのだ。正確には待ち伏せされていたのだが。「よお、探偵社」と小柄な青年が街で話しかけてきた時、鏡花ちゃんが警戒をあらわにしたから僕は彼がマフィアであることを思い出した。彼は何処にでもいる青年のような出で立ちだったのだ。
戦争しようってんじゃねえよと薄く笑い、それから世間話のような調子で「アイツ、記憶喪失になったんだってな」と事もなさげに言った。
「ついさっきまで仕事してたんだがよ。アイツに会った。
アイツ、全部、忘れてやがるんだな」
演技じゃねえことぐらいは俺にも判る、と彼は目を伏せながら呟く。赤毛が風になびきふわりと舞った。
「だからコレを手前に渡しにきた。アイツが昔俺に送りつけたモンだ。持ってても仕方ねぇから手前が持ってろ」
そう言って紙切れを僕に押し付けてくるりと踵を返してしまった。
その時、ふと、僕は思った。
まったくの勘であるが、彼ならば、太宰さんの記憶の中で、一番長い時を共に過ごしているのではないか、と。
「っ、待って下さい!!」
「―――――…………あ?」
だから、引き止めた。そして僕はポケットから折り畳んだ写真とネックレスを取り出して彼に見せたのだ。
「あなたなら、これが判るんじゃないんですか」とそう思ったからだ。
今よりも少しだけ幼い太宰さんが、眼鏡をかけた神経質そうな男の人と赤毛の男の人と写った写真。それから指輪とネームプレート――ドッグタグと呼ばれるそれが繋がれたネックレス。
彼はそれを見てヒョイと片眉を上げた。
「これ、太宰さんの部屋から出てきものなんです。
きっと太宰さんの大切なものなんでしょう?」
「……………知らねぇな」
「で、でも!」
僕は言い募った。
「太宰さん、この写真見て記憶を取り戻しかけました。
だからこの写真と指輪、それからネームプレートをもしもあなたが見た事があるなら、なんでもいいから、教えてほしいんです……!」
すると彼はふっと笑いを漏らして「俺とあの青鯖野郎は、手前が思ってるほど長い付き合いじゃあねェんだよ」と言った。
「ただ――――
そのネックレス。そいつは俺への嫌がらせだな」
それだけ言うと、彼は今度こそ去っていってしまった。
僕は彼に押し付けられた紙切れを見た。
紙切れの端に遺された言葉。
僕は自分がなぜ生きていなければならないのか、それが全然わからないのです
生きていたい人だけは、生きるがよい
殴り書きの遺書らしきそれは、握りつぶされたようにくしゃくしゃになっていた。
黄ばんだその遺書を彼がなぜ僕に握らせたのか。
太宰さんがしまいこんでいた指輪に刻まれた「A5158」の意味と、「甲ニ五八」のネームプレートの意味は。僕は未だ知らないままで、きっとこれからも知ることはないのだろう。
「それでねぇ、私、彼に訊いたんだ」
回想にふける僕に太宰さんが話し続ける。
「君から見た私はどんな人間かい?ってね。
そしたら彼こう言ってた」
――――悪い奴の敵、だろ。