大人二次小説(BLGL・二次15禁)
- Re: 文スト BL、R18有 乱歩受け中心 太中も ( No.64 )
- 日時: 2019/12/03 21:50
- 名前: 皇 翡翠
宇宙ウサギは月に還る
お月見っぽいSFチックなパラレル世界
探偵社はあるけど異能のない世界でしかもケモミミ要素があります。
なんか雰囲気です。
雰囲気で宜しくお願いします。
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ある晴れた秋の夜、空を見上げた。満月だった。月ではウサギが餅をついている。ところでこの月に棲むウサギは、欧州ではウサギではなくカニなのだとか。太宰治はぼんやりと「もしもカニだったなら美味しく食べてしまえたのになあ」なんて思った。或いはまだ日本にウサギ食文化が残っていれば、などと考え溜息をつく。
「太宰さん、どうしたんですか?」と後輩である中島敦が訊いた。彼はとても素直な少年であったので、物思いに耽る先輩を見て声をかけたのだ。しかし太宰は「んー……別に…………」などと気の抜けた声を出す。それを聞いてますます中島は心配そうに眉をハの字にさせた。
「そんな、さも思い悩んでるような顔されたら、誰だって波瀾爆笑心配せずにはいられないんですよ。太宰さんって、その…‥綺麗、だから……」
尻すぼみになる言葉に太宰は思わず目を見開いて、それから真っ赤になって「なんてこと言ってるんだ!」と頭を抱える後輩にククッと笑いをもらす。
実際、物思い耽る太宰は酷く絵になっていた。まるでたった今起きましたとばかりの蓬髪が縁取る横顔が月光を浴びる様であるとか、憂いを帯びた瞳であるとか、長い睫毛がふるりと震えて薄い唇から漏れる溜息であるとか。なるほど、美系というのはこうも満月が似合うのか、と中島は呆けてしまったのだ。
「そうだね、」と太宰はくるりと満月に背を向けて中島に向き直った。
「敦君に心配かけっぱなしというのも、別に私としては知ったこっちゃないのだけれど……」
中島は「なんて先輩だ」と脱力した。
「でも、折角だから、聞いてはくれないかい?」
心配させっぱなしでも知ったこっちゃないと宣言された手前、この先輩の言葉を無視しても良かったのであるが、ふふ、と切なげに笑う太宰の顔が、あまりにも儚く、まるで朝になったら消えてしまうのではないかと思われたので、中島は是と応えたのだった。
次の夜。
中島は海辺に立った。ゆうらゆうらと水面に揺れる月を眺めながら、前日に太宰から聞いた話をゆっくりと思い出す。
「敦君は、宇宙ウサギを知っているかい?」
そんな問いから始まった太宰の昔話、荒唐無稽でどこか愛らしい御伽話。嘘が真か中島には分からなかったのだが、きっと事実が隠されているに違いない話だった。
月に人間が移住してから百年、月で生まれ月で育った宇宙移民が月の独立を宣言してから五十年が経つ。
当時、月と日本の関係は悪化していた。そんな時に太宰が出逢ったのが【宇宙ウサギ】の中原中也だった。
宇宙ウサギとは地球で囁かれる眉唾モノの都市伝説であり、存在の確認がされていない【月に棲む原住民】を指す。なんでも【宇宙ウサギ】はウサギの耳と尻尾を持つ半人半兎で重力を操る能力を持つのだとか。その都市伝説である【宇宙ウサギ】を、その中原中也という男は自称したらしい。
それだけ聞くと中原中也という男は頭のおかしい気の触れた男か、或いはただのイタい男かと思われるが、彼はそれを太宰に信じさせるだけの【特殊性】があったのだ。
まず、彼の頭にぴょっこりと生えた一対の耳。それはどこからどう見てもウサギの耳だった。彼の髪の色と同じ赤毛の耳。そして尾てい骨の部分にぴょっこりと生えたのは丸いふわふわの尻尾。どこからどう見てもウサギ尻尾だった。これが身体的な特徴。
そしてもう一つ。彼は重力を自在に操ることが出来た。マジックの類ではない。はっきりと太宰は見たのだ。時には自身を羽のように軽くさせてふわりふわりと舞い、時には蝙蝠のように天井に逆さまに立ち、重いものも紙切れ一枚のように軽々と持ち上げた姿を。
二人が出逢ったのは満月の夜の事だったらしい。その日は素晴らしい満月で思わず川に身投げした。だが、目を瞑って静かに死を待っていた太宰は、ゆったりと川を流れているとゴツンと体に何かが当たった衝撃で仕方なく目を開くとそこにいたのは少年だった。全身を黒でコーディネートした少年を仕方なく引き上げたところ、帽子からウサ耳が現れズボンからはぴょっこりと尻尾が生えていたという訳だ。(ちなみに尻尾が本物かどうか確かめるべくぎゅっと握りしめたら「ピイ」と叫んだそうで、それ以来ことある毎にピイピイと鳴かせていたと太宰はサディスティックに笑った)
中原中也と名乗ったその男は助けて貰った恩だ、月の人間は借りは必ず返すのだ、だのなんだのと言って太宰の住む安アパートに居候した。
その時の様子を、太宰は悪口を多分に混ぜながらも幸せそうに中島に語った。
ナメクジみたいなテラテラした奴、だとか頭が悪くて叶わなかった、だとか趣味が悪い、だとか散々にこき下ろす。しかしその口で、ふわふわの赤毛や透き通るような蒼穹の瞳の美しさを語った。
きっと、大切な人だったのだ。
中島はそう思った。
「……でも、月は今………」
中島は太宰の語る彼らの思い出が二年目の秋を迎えたところで口を挟む。
「…………そうだよ。月は今、鎖国している。宇宙移民は月から出ることはないし、地球の人間は月に行くことが叶わないから都市伝説の宇宙ウサギのことなんて嘘か真かさえ分からない」
太宰は再び満月を見上げた。
「結局、中也は月に帰っていったよ。私のペットのくせにさ……帰ってしまった」
そう言って微笑む太宰の瞳には満月が映っていた。
水面の月がゆらゆら揺れる。中島は月の向こうに思いを馳せた。
「私と中也の関係を表すなら………そうだな、パートナー、だったのかもね。
そう、相棒だった。一番の」
太宰は時折こうして満月を眺めるのだという。健気な飼い主だろう、とお道化る彼の瞳にあるモノを中島は忘れることができない。
それはきっと恋と呼ぶのだと彼は揺れる月に教えてやるのだった。